居場所がない。家庭、職場、学校など、どこにいても落ち着かない。心の安らぐところがない――そういう人が増えている気がする。新型コロナウイルスのせいばかりではない。居場所がない感じは、それまでからもあった。
『イドコロをつくる』の著者は、「自分が居心地よく精神を回復させる場」をイドコロと呼んでいる。イドコロは僕が考える居場所に近い。そこにいれば、鎧をすべて脱ぎ捨てて無防備でいることができる。身体の疲れを癒せて、心の凝りもほぐれる。充電できる。 続きを読む
居場所がない。家庭、職場、学校など、どこにいても落ち着かない。心の安らぐところがない――そういう人が増えている気がする。新型コロナウイルスのせいばかりではない。居場所がない感じは、それまでからもあった。
『イドコロをつくる』の著者は、「自分が居心地よく精神を回復させる場」をイドコロと呼んでいる。イドコロは僕が考える居場所に近い。そこにいれば、鎧をすべて脱ぎ捨てて無防備でいることができる。身体の疲れを癒せて、心の凝りもほぐれる。充電できる。 続きを読む
創価学会が〝魂の独立〟を勝ちとって以来の30年のあいだに、創価学会の「世界宗教化」が加速したことと、国内において公明党が連立与党の一翼を担うようになったことは、ある意味でパラレル(同時進行)の出来事である。
創価学会の内在的理論を深く理解する作家の佐藤優氏は、2017年に創価大学でおこなった課外連続講座で次のように述べた。
日本では公明党が与党の一角を占めるようになったことについて、「権力にすり寄ってけしからん」といった、的外れな批判がよくあります。しかし、創価学会の世界宗教化という流れがここ二〇年来にわたり加速していることを考えれば、公明党が与党化したのはむしろ必然と言えます。(『世界宗教の条件とは何か』)
日蓮大聖人の生誕から800年、牧口常三郎初代会長の生誕150周年、戸田城聖第2代会長の就任70周年の佳節を刻んだ2021年。創価学会は創立記念日にあたる11月18日に『日蓮大聖人御書全集 新版』を発刊した。
御書とは日蓮大聖人が遺した論文や書簡など膨大な遺文のこと。
創価学会による最初の『日蓮大聖人御書全集』の刊行は、立宗700年にあたる1952年4月28日におこなわれている。今回の新版は、その後に発見・公開された御書32編を新たに収録。文字を大きくして改行や句読点を増やし、現代仮名遣いを用いた。
監修にあたった池田大作SGI(創価学会インタナショナル)会長は「序文」を寄せ、その冒頭に、
我ら創価学会は、永遠に「御書根本」の大道を歩む。
と記している。 続きを読む
笙野頼子(しょうの・よりこ)著/第111回芥川賞受賞作(1994年上半期)
1956年生まれの笙野頼子は、立命館大学在学中から小説を書き始め、大学卒業後も就職せずに他大学受験を口実に予備校に通いながら小説を書き続けた。1981年に『極楽』で群像新人文学賞を受賞し小説家デビューしたものの、その後、約10年間は評価されることはなかった。実家からの仕送りを頼りにひきこもりのような生活をしながら書き続け、1991年に「なにもしてない」で野間文芸新人賞を、1994年に「二百回忌」で三島由紀夫賞をそれぞれ受賞。そして、同じく1994年に「タイムスリップ・コンビナート」で第111回芥川賞を受賞した。
野間文芸新人賞、三島由紀夫賞、芥川賞という純文学の新人賞を獲得したことで新人賞三冠王と呼ばれた彼女は、その後も執筆の熱の衰えることはなかった。「純文学論争」を巻き起こすなど、「戦う作家」として今も書き続けている。
「難解」とも評される彼女の作品には熱烈なファンが多い。何が難解と受け止められるかというと、幻想的で奇抜な設定と、自由奔放な文体だ。「タイムスリップ・コンビナート」もまさにそう。 続きを読む
1990年代には、クリエイティブな仕事をしている少なくない人たちが、エイズで亡くなった。政府広報によると、エイズ(後天性免疫不全症候群)とは、
「HIV(筆者注・ヒト免疫不全ウイルス)」というウイルスに感染して免疫力が低下し、決められた様々な疾患を発症した状態
をいう。
かつては不治の、死の病だったが、いまは早期にウイルスを発見することができれば、さまざまな治療薬によって発症を抑えることができるし、普通の暮らしを営むこともできるようになった。
いま世界を覆っている新型コロナウイルスも、そうなる日が来るだろう。人類はそうして、ウイルスや病とつきあってきた。 続きを読む