良識的な中間層の声を、いかに政治に反映させるか――【書評】『21世紀の自由論』(佐々木俊尚著)

ライター
青山樹人

ヨーロッパの普遍主義の終り

 話題の一書である。
 著者の佐々木俊尚氏については、今さら多くを説明するまでもないだろう。毎日新聞記者からフリージャーナリストに転じ、ITと社会の相互作用と変容をテーマに多彩な言論活動を続けてこられた。『レイヤー化する世界』(NHK出版新書)、『キュレーションの時代』(ちくま新書)など、今という時代の姿を見事に言語化してみせた著作は読んだ人も多いはずだ。

 さて本書で、佐々木氏は世界の今を〝ヨーロッパの普遍主義が終わった〟時代だと論じている。「ローマ帝国」「中世キリスト教会」の次に来る拠りどころとして、ヨーロッパは「普遍的なもの」を設定した。それは、自分たちがアジアやアフリカを支配することの正当化から始まった「ヨーロッパが中心であるという世界観」であり、自由や平等による民主主義と近代科学があるからこそ資本主義経済が成り立ち、皆が文化的で豊かな暮らしを享受できるという考えだ。
 だが、それは外側のアジアやアフリカを搾取することで成立していた豊かさだった。今や情報革命という第3の産業革命が起き、富は欧米や日本から途上国へとフラットに分散しはじめている。近代の成長が終わっている社会で「自由に生きろ」と突き放されることは、逆に人々を不安にする。不平等と格差は広がり、失敗は自己責任にされる。そして不寛容と排除が立ち現われる。
 新たな権力として勃興しているのはグローバル企業である。これは帝国や国民国家のように上から命令するのではなく、環境のように下から産業や生活を支え、下から世界を支配する「見えない帝国」である。
 佐々木氏は、今後の数十年は国民国家とグローバル企業のせめぎ合いが続くが、やがて国民国家は衰退し、グローバル企業を中心とした秩序が、経済のみならず政治的にも社会的にも生まれるだろうと推測する。そこに至るまでの移行期、社会を破滅させずにいかに準備を進めていくのかという問いかけを、本書で提起しているのである。

「反権力」は思想ではなく、単なる立ち位置

 この世界の構図を読み解くのに先立ち、じつは第1部では日本で今何が起きているのかから説き起こしている。ここで痛烈に佐々木氏が論じているのが、日本における「リベラル」のありようだ。
 佐々木氏は、日本で「リベラル」と呼ばれている人々は、たとえばトニー・ブレアのような欧米のリベラルとは異質なものだと指摘する。

 最大の問題は、彼らが知的な人たちに見えて、実は根本の部分に政治哲学を持っていないことだ。端的にいえば、日本の「リベラル」と呼ばれる政治勢力はリベラリズムとはほとんど何の関係もない。彼らの拠って立つのは、ただ「反権力」という立ち位置のみである。
 思想ではなく、立ち位置。

 氏は日本の政治メディア史を踏まえ、今の日本で「リベラル」と呼ばれている勢力は、じつは往年の革新や進歩派にすぎないと言う。
 権力に立ち向かうという立ち位置は、そのまま〝一方的な善〟になってしまう。しかし、それでは有効な議論はできない。その反権力が政権側に立てばどうなるのかを何も考えていなかったのが2009年以降の民主党政権だったと、氏は痛罵している。
 さらにそこには「絶対安全」「100パーセント大丈夫」を求めるゼロリスクの幻想が見え隠れしている。その幻想を揺るがす者は「御用〇〇」とレッテル貼りされ、問答無用で否定されてしまう。

「社会の外から清浄な弱者になりきり、穢らわしい社会の中心を非難する」
 これこそがゼロリスク幻想を生み、デマと陰謀論で日本の「リベラル」を自滅に追い込んでいる元凶のひとつである。

リアリズムの「理」に人間へのまなざしを

 こうした態度は、マイノリティ憑依であり、白黒をつけたがるという点で、在特会のような極端な右派と似通っていると氏は警鐘を鳴らす。彼らはどちらも声が大きいので、メディア空間ではこの両者の勢力が過剰に見えてしまう。
 だが、実際には極端に左右に振れることを望まず、必ずしもゼロリスクでなく、白黒をつけたがらず、グレーを許容して物事を考えることのできる中間領域の人々が大勢いると氏は指摘する。問題は、そのような良識的な人々の声をどのように政治に反映させていくかなのだ、と。
 本書で佐々木氏が提起するのは、「優しいリアリズム」である。正義を訴えて戦う両極端いずれにもくみせず、予測のつかない変化に刻々と判断を下しながら、そこにいる人々の感情や不安、喜びを決して忘れない姿勢。リアリズムの「理」の冷たさに、「情」の温かさをバランスさせていく社会である。
 新書という制約もあり、幾分かいつまんだ議論に見えなくもないが、佐々木氏が日本のジレンマと世界の変容の構図を冷静に見抜き、未来を考えるヒントを読者と分かち合おうとしている情熱は、ひしひしと伝わってくる。

21cjiyuron
『21世紀の自由論:「優しいリアリズム」の時代へ』
佐々木俊尚

価格 842円/NHK出版/2015年6月9日発刊
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あおやま・しげと●東京都在住。雑誌や新聞紙への寄稿を中心に、ライターとして活動中。著書に『宗教は誰のものか』(鳳書院)など。