連載エッセー「本の楽園」 第172回 パレスチナ

作家
村上政彦

 もう4、5年ほどになるだろうか。ジャン・ジュネの『恋する虜』というパレスチナをめぐるノンフィクションを見つけて、買おうとおもったら、中古書しかなく、3万円を超える値段がついていた。
 僕にとって本は商売道具でもあるので、できるだけの投資はする。でも、3万円は高い。どうするか考えあぐねたあげく、版元に電話してみたら、近々、重版の予定があるというではないか。
 たしか1ヵ月か2ヵ月で新刊を手にした。7千円。普通の小説本よりは高いけれど、3万円よりはずっと安い。その日から付箋を貼りながら読み始めた。この作品はジュネの晩年に書かれたもので、『シャティーラの四時間』とならんで、パレスチナを描いたすぐれた文学だ。
 ただ、ほかのジュネの作品と同じく、なかなか読むのが難しい。分かりにくいのではない。彼に固有の詩的な文章に慣れるための時間がかかるのだ。でも、慣れてしまえば、この力作に圧倒される。
 僕はジュネの導きでパレスチナ問題について考えるようになった。そして、眼につく本があると手にとるようになった。そのうちの一冊が、ジョー・サッコの『パレスチナ』だった。
 ジョー・サッコはオレゴン大学でジャーナリズムを学んで、その後、漫画家になった。そして、アメリカのパレスチナ問題についての、あまりにも粗末な報道を見るにつけ、「やむにやまれぬ思いを抱えてパレスチナ占領地に行った」。
 本作『パレスチナ』は漫画である。しかしおそらく日本人が想像するような漫画ではない。彼は1991年から92年にかけて、ヨルダン川西岸地区、ガザ地区で2か月間を過ごした。
 そのあいだに出会った人々のインタビュー、日常の出来事、町の風景などが詳細に描かれている。ジョー・サッコ自身が語り手となって、ガイドをしてくれた現地の男たちと歩きまわる様子は、とてもリアルで、漫画に特有の臨場感がある。
 この作品には、エドワード・サイードが序文を寄せて、「このうえなく独創的な、政治的かつ美的な作品である」と賛辞を贈っている。彼は本作の特質を、「ジョーはそこに、パレスチナにいる。それだけのことなのだ」と分析する。
 ジョーはガザ地区のパレスチナ人の家を訪ね、砂糖のたっぷり入ったお茶を飲み、彼らの語る話を聴く。ジャーナリストにありがちな特ダネをもとめる気持ちも隠さない。同じ話がつづくことには、うんざりもする。脱力するような言葉を投げかけられたこともあった。

こんなことが何になる? あんたがここに来てこんなことを書いても……

 しかしジョーはインティファーダ発祥の地・ジャバリア難民キャンプに足を踏み入れて興奮する。1987年12月、パレスチナ人労働者4人がイスラエル人の運転する自動車に轢き殺された。
 遺体が埋葬された墓地に通じる道へ人々が集まり、どんどん増えていった。怒りに燃えた彼らは、イスラエル軍基地のキャンプに向かい、石を投げた。兵士たちは空に発砲して、ジープやトラックで群衆を押しかえそうとした。
 けれど、もう誰も彼らを留めることはできなかった。若者が撃たれて死んだ。それでも人々は進んだ。インティファーダの始まりだった。イスラエル兵は群衆を怖がっていた。それが分かって、みな石を投げつづけた。
 石を投げる人々の先頭にいたのは、十代の少年たちだった。
 この漫画はタイトルが示すように、ほぼパレスチナ人の視点から描かれている。イスラエル人入植者による殺人、イスラエル兵による拷問など、むごい現実が表現される。わけても子供が殺傷される様子は、心がひきさかれる思いがする。
 ジョー・サッコは、本作で全米図書賞を受け、コミック・ジャーナリズムというジャンルを確立した。最後に彼の言葉を引いておこう。

私の考えは、自分で体験し感じたことを正直に伝えることにあり、客観的な本をお届けすることではない。

オススメの本:
『パレスチナ』(ジョー・サッコ著/小野耕世訳/いそっぷ社)


むらかみ・まさひこ●作家。業界紙記者、学習塾経営などを経て、1987年、「純愛」で福武書店(現ベネッセ)主催・海燕新人文学賞を受賞し、作家生活に入る。日本文芸家協会会員。日本ペンクラブ会員。「ドライヴしない?」で1990年下半期、「ナイスボール」で1991年上半期、「青空」で同年下半期、「量子のベルカント」で1992年上半期、「分界線」で1993年上半期と、5回芥川賞候補となる。他の作品に、『台湾聖母』(コールサック社)、『トキオ・ウイルス』(ハルキ文庫)、『「君が代少年」を探して――台湾人と日本語教育』(平凡社新書)、『ハンスの林檎』(潮出版社)、コミック脚本『笑顔の挑戦』『愛が聴こえる』(第三文明社)など。