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連載エッセー「本の楽園」 第50回 フェラ・クティ自伝

作家
村上政彦

 ボブ・マーレイのあと、音楽業界がスターダムへ担ぎ上げようとしていたのが、フェラ・クティだったらしい。彼は、アフロ・ビートという音楽のジャンルをつくった人物だ。『フェラ・クティ自伝』は、彼の半生を本人が語ったものだが、これがとてもおもしろい。
 フェラ・クティはナイジェリアに生まれた。父は牧師で、学校を運営する知識人。経済的にも裕福だった。フェラ・クティはきびしく育てられる。本人がいうには、成長するまでに尻に3千発のお仕置きをされた。
 地元の学校を卒業すると、イギリスのトリニティ音楽大学へ留学する。この時期に親友のJ・K・ブライマーとあちこちでライブをして稼ぐようになった。卒業するとき、実技は問題なかったが、音楽理論の試験に落ちて、再試験を受けて合格する。
 フェラ・クティは、まったく政治に関心を持たない若者だった。それがサンドラという女性と出会ったことで大きく変わる。彼女はブラックパンサーにも関わる活動家で、フェラ・クティはアフリカの黒人というアイデンティティに眼醒め、音楽を通じてアフリカ文化を伝えようとした。

 俺はアフリカが全世界の文化のペースメーカーになったらいいと思っているのさ。

 彼はアフリカ文化についても考え抜いた。

 アフリカ人は、アフリカ全土に対して帰属意識を持つべきだ」「アフリカ人は、ベルリン会議(一八八四~八五年)で分割された、ちっぽけな区域にとどまってちゃいけない。アフリカは、世界中すべての黒人に門戸を開かなければいけない。

 工業化? そんなものはいらない。アフリカ独自の工業化でないならね。

 アフリカ人はもともと自然や生命を讃えてきたのに、スピリチュアルなものを科学技術が破壊しつづけている。それがどうして近代化なのか? いや、むしろ後退化だろう。白人たちは俺たちを間違った方向へと導いている。俺たちの進むべき正しい道とは、祖先への回帰だ。昔ながらの伝統的な技術、自然技術といってもいい。自然技術こそが唯一、生存に適した方法なのだ。俺はそう信じているよ。つまり生命、生きるってことだ!

 フェラ・クティは、ナイジェリアに戻ると、貧民の住む地域に拠点を構え、そこを「カラクタ共和国」と名づけ、活動する。カラクタは最初に放り込まれた監房の名だという。共和国には、政府への批判が込められている。
 彼は、政府を激しく批判した。それも大衆にアピールする音楽で。権力は恐れて、排除しようとする。弱みもあった。マリファナの常用者だった彼は、警察の家宅捜索に遭い、証拠をトイレに捨てる。
 ところが、警察は事前に用意してきたマリファナを取り出し、それを証拠にしようとする。フェラ・クティは、どうしたか? 食べたのである。慌てた警察は彼を勾留し、排便させて証拠を得ようとする。
 フェラ・クティは、同房の囚人のアイデアで、こっそり排便して彼らの便に混ぜて捨てる。それを知らない警察は、何日も彼の排便を待つ。このあたりは、読みながら声を立てて笑ってしまった。
 政府は軍を出動させてカラクタ共和国を攻撃した。フェラ・クティは、警備のために住みかの周りに有刺鉄線を張り巡らせ、電気が流れるようにしてあったのだが、兵士らは発電機を破壊し、家に放火する。同居していた女性のなかにはレイプされたものもいたという。
 フェラ・クティは、性愛について、実に奔放である。性愛は人間を解放する、と礼賛した。一夫多妻を実践して、27人の妻を迎えた。彼女らとは、順番に性愛を交わす。なんとも勤勉である。
 スキャンダルに事欠かないフェラ・クティは、毀誉褒貶に包まれて伝説の人物になっていく。しかし、彼の本質は音楽家だ。その曲を聴いてみると、フェラ・クティが極めて誠実に音楽と取り組んでいたことが分かる。

 暮らしにくいなら、暮らしやすいようにこの国を変えるのが俺たちの仕事だ。

 音楽と政治を考えるうえでフェラ・クティの存在は欠かせない。音楽には、人を楽しませるばかりか、人の心を摑み、行動に駆り立てる力がある。彼の音楽は、そのことを証明している。

お勧めの本:
『フェラ・クティ自伝』(カルロス・ムーア著/菊池淳子訳/現代企画室)


むらかみ・まさひこ●作家。業界紙記者、学習塾経営などを経て、1987年、「純愛」で福武書店(現ベネッセ)主催・海燕新人文学賞を受賞し、作家生活に入る。日本文芸家協会会員。日本ペンクラブ会員。「ドライヴしない?」で1990年下半期、「ナイスボール」で1991年上半期、「青空」で同年下半期、「猟師のベルカント」で1992年上半期、「分界線」で1993年上半期と、5回芥川賞候補となる。他の作品に『トキオ・ウイルス』(ハルキ文庫)、『「君が代少年」を探して――台湾人と日本語教育』(平凡社新書)、『ハンスの林檎』(潮出版社)、コミック脚本『笑顔の挑戦』『愛が聴こえる』(第三文明社)など。