『摩訶止観』入門

創価大学大学院教授・公益財団法人東洋哲学研究所副所長
菅野博史

第71回 正修止観章㉛

[3]「2. 広く解す」㉙

(9)十乗観法を明かす⑱

 ⑤善巧安心(2)

 (2)別して安心を明かす①

 ここから、別して安心を明かす段である。では、止観によって心を法性に安んじることがうまくいかない場合はどうすればよいのであろうか。『摩訶止観』には、「若し倶に安んずることを得ずば、当に復た云何んがすべき」(第三文明選書『摩訶止観』(Ⅱ)、608頁)と、問題提起をしている。うまく行かない様子については、「復た之れを止(とど)むと雖も、馳すること颺炎(かげろう)よりも疾(と)く、復た之れを観ずと雖も、闇(くら)きこと漆・墨に逾(こ)えたり」(同前)と述べている。私たちの心が御しがたいことを踏まえて、心を静止させようとしても、吹き上がる炎よりも早く走り去り、これを観察しようとしても、漆と墨よりも暗闇であるので観察できないと述べている。
 次に、具体的に心を安んじる方法について、他人に教えること(教他)と自分で行なうこと(自行)の二種に分ける。はじめに、前者の他人に教えることについては、さらに聖人の師が教える場合と凡夫の師が教える場合の二種に分けている。 続きを読む

「核廃絶」へ世界世論の喚起を――原爆投下80年となる2025年

ライター
青山樹人

ノーベル委員会の意図

 2024年の「ノーベル平和賞」を受賞した日本被団協(日本原水爆被害者団体協議会)。日本時間の12月10日夜にノルウェーの首都オスロ市役所でおこなわれた授賞式では、代表委員の田中熙巳さんが受賞の演説に立った。
 田中さんは13歳のとき、長崎市内の爆心地から3キロほどの自宅で被爆した。

一発の原子爆弾は私の身内5人を無残な姿に変え一挙に命を奪いました。その時目にした人々の死にざまは、人間の死とはとても言えないありさまでした。誰からの手当ても受けることなく苦しんでいる人々が何十人何百人といました。たとえ戦争といえどもこんな殺し方、こんな傷つけ方をしてはいけないと、私はそのとき、強く感じたものであります。(田中さんの演説から「NHK NEWSWEB」

 約20分におよぶ演説が終わると、聴衆は立ち上がって拍手を送った。各国から集まったメディアの数も例年にない多さで、世界からの関心の高さを示した。
 授賞式に合わせて、現地ではさまざまなイベントも開催された。日本から派遣された4人の「高校生平和大使」も、オスロ市内などで高校生や大学生らと交流。授賞式にも参列した。
 高校生平和大使は、インドとパキスタンが相次いで核実験を実施した1998年に、長崎市が2人の高校生を国連本部に派遣したのが始まり。全国から公募され、これまで高校生平和大使を経験した人は250人を超えている。 続きを読む

『摩訶止観』入門

創価大学大学院教授・公益財団法人東洋哲学研究所副所長
菅野博史

第70回 正修止観章㉚

[3]「2. 広く解す」㉘

(9)十乗観法を明かす⑰

 ⑤善巧安心(1)

 今回は、十乗観法の第三「善巧安心」(巧安止観)について紹介する。詳しく表現すると「善巧安心止観」となる。ただし、「善巧安心」は『摩訶止観』に六回出、「巧安止観」は一回出るが、「善巧安心止観」は『摩訶止観』には出ず、宋代以降の天台文献に出る(※1)
 『摩訶止観』には、「善巧安心」の段の冒頭に、その定義について、

 三に善巧安心とは、善く止観を以て法性に安んずるなり。上に深く不思議境の淵奥(えんおう)、微密(みみつ)なるに達し、博(ひろ)く慈悲を運びて、亘蓋(こうがい)すること此の若し。須らく行じて願を塡(み)つべし。行は即ち止観なり。(第三文明選書『摩訶止観』(Ⅱ)、606頁)

と述べている。つまり、補って表現すると、「巧みに止観によって[心を]法性に安んじる」ことである。不思議境が奥深く秘密であることを深く理解し(十乗観法の第一の観不思議境に相当)、広く慈悲を動かしてくまなく衆生を覆いかばうのである(十乗観法の第二の起慈悲心に相当)。この衆生を守るという誓願を止観という修行によって実現する必要があるのである。
 湛然(たんねん)によれば、善巧安心の段について、総じて安心を明かす段と別して安心を明かす段の二段に分けている。 続きを読む

「年収の壁」問題は協議継続へ――与野党の合意形成に期待する

ライター
松田 明

合意形成に動いた公明党

 第216臨時国会が12月24日に会期末を迎えた。10月の衆議院選挙で自公は過半数を割る少数与党となり国会運営を危ぶむ声もあった。
 だが振り返ってみれば、野党とも合意形成を図ったうえで、「政治改革関連法案」や補正予算の成立などを果たすことができた。与野党間の合意形成において、公明党が持ち味を発揮できたと思う。

 まず、「政治改革関連法案」では、

①政治資金規正法改正案(「政策活動費」の全面廃止)
②第三者機関設置法案(政治資金監視委員会の国会設置/未記載や虚偽記入などへの調査・是正・公表)
③政治資金規正法改正案の修正案(収支報告書のオンライン提出義務化)
④歳費法改正案(旧文通費の使途公開/未使用分の返還義務化)

といった内容で、自民、公明、立憲民主などの賛成多数で17日に衆議院を通過。24日に参議院で成立する。

 第三者機関の設置は、自民党内での収支報告書未記載が問題化した直後の2024年1月、他党に先駆けて公明党が「政治改革ビジョン」として提案していたものだ。
 政党や議員の政治活動には一定のコストがかかることは当然で、「政治とカネ」をめぐって国民の疑念を払しょくし不正を防止するには、専門性を持った第三者機関がチェックする仕組みと、収支報告書のデジタル公開が不可欠だと公明党は考えてきた。 続きを読む

本の楽園 第200回 詩の親密圏(最終回)

作家
村上政彦

 十代のころにつたない抒情詩を書いていた。淡い恋心を抱いた女性への思いなどを綴る。いまでもその一節は思い出せるけれど、恥ずかしいから文字にはしない。顔から火が出る、という。僕の場合、苦笑いだ。よくあんなものを書いていたな、とおもう。
 中学生のとき、クラスメートの男子で、やはり詩を書く人物を見つけた。たがいに誰にも見せずに書いていたのだが、何をきっかけにしてだったか、ガラクタのような言葉の詰まったノートを見せ合った。
 僕は、彼の詩をいい、とおもった。彼は、僕のノートを見て、「君は天才だ!」といった。そんなはずがない。本当にそんな才能があれば、いまごろ詩人として大成している。僕も彼も幼稚だったのだ。
 その後も何度かノートを交換して、新作を見せ合った。幼稚は幼稚なりに、小さな詩のコミュニティをつくって、刺戟しあいながら、励ましあいながら、詩を書き続けていたのだ。
 その彼が転校して、僕はなんとなく詩を書かなくなった。もともとひとりで書いていたのだから、ひっそり書き続けてもいいはずだけれど、読者を失ったから張り合いがなくなったのだとおもう。

『シュテファン・バチウ ある亡命詩人の生涯と海を越えた歌』を読んで、詩人にとってコミュニティが大切であることをあらためて知った。 続きを読む