移り変わる街の中に隠された人間の息遣い
柴崎友香(しばさき・ともか)著/第151回芥川賞受賞作(2014年上半期)
他人事のように淡々と描く
柴崎友香の「春の庭」は、『文學界』に掲載された170枚の作品。4回目の芥川賞候補での受賞となった。
世田谷のアパートで暮らす太郎は、同じアパートの西という女性の奇妙な好奇心に引っ張られていく。それは、アパートに隣接する個性的な一軒家の中を見てみたいという好奇心である。
「春の庭」とは、その一軒家の部屋や庭を撮影した写真集のタイトルでもある。西は、当時住人だった夫婦の生活の様子も収められているその写真集が好きで、実際に目の前にあるその家の内部を見たいと思い続けていたのである。
この作品の概要を分かりやすく説明するのはなかなか難しい。最終的には、とあるきっかけから新しく転居してきた家族に招待されたことで、その家の内部をまじまじと見ることができるようになったのだが、物語の規模は、小さく狭い。人生を揺るがすような出来事が起きるわけでもなく、喜怒哀楽がうねるわけでもない。世田谷という町のごく限られたエリアで起きる些細な出来事を淡々と書き連ねていくのだが、そこからは、どこか懐かしく切ない、けれども何か少し不気味な空気が滲み出すのである。 続きを読む