20130125

「日中」新時代の開幕(上)——競争から協調へ

ライター
松田 明

7年ぶりの単独公式訪問

 10月27日、中国の主要紙はいずれも一面トップに大きなカラー刷りで、日中の国旗を背景に安倍首相と習近平国家主席が笑顔で握手する写真を掲載した。
 見出しはそれぞれ、「中日両国が多くの点で合意した」「両国関係を促進して新たな発展を」などと報じている。
 25日から2日間にわたった安倍首相の訪中は、単独での公式訪問としてはじつに7年ぶりとなるものだった。
 天安門広場での儀杖隊による栄誉礼、実質1日半の日程のなかで李克強首相による昼食会と夕食会、習主席による夕食会が開かれるなど、中国側の異例の厚遇ぶりも注目を集めた。
 また、習主席は安倍首相が訪日を要請したのに対し、2019年の日本訪問を真剣に検討することを表明した。
 日中関係は民主党政権時代(2009年~12年)に〝国交正常化以来で最悪〟という状況に陥り、国家主席の訪日は2008年から途絶えたままである。
 自公政権になってから両国は粘り強く関係の修復に努め、この5月には李首相が7年ぶりの公式訪問を果たし、首脳の相互往来を約し合った。
 安倍首相が北京を訪問しての今回の首脳会談では、李首相、習主席それぞれから日中関係が正常な状態に戻ったという認識と、新時代への強い意欲が示され、安倍首相も、

①競争から協調へ
②両国は互いに脅威とならない
③自由で公正な貿易体制の発展

という「3原則」を提示したと共同会見で述べた。

日中関係の新たなステージ

 日本にとって中国は一衣帯水の隣国であるだけでなく、最大の貿易相手国でもある。
 朝鮮半島の非核化、拉致問題の解決、日朝関係の打開をめざすうえでも、中国との緊密な連携は不可欠だ。
 米中の経済戦争が激化するなかで、日中両政府は賢明に距離を縮めた。
 親密さと協調を両国首脳が確認した一方で、中国の海洋進出などを念頭に「両国は互いに脅威とならない」というメッセージを安倍首相が発したことは、ひとまず大きな成果だといえよう。
 すでに10月12日に東京で開催された日中の政権与党(中国共産党、自民党、公明党)による交流協議会でも、

 相互信頼と協力を強化し、日中関係の新時代を共創する。

 平和・友好・協力という大きな方向性を正しく捉え、日中関係の安定的発展を推進し、新しい、より一層の発展をめざす。

等の内容を明記した「提言」が発表されている。
 今回の友好的な首脳会談の成功によって、日中関係が単にマイナスの状況を克服したというものに留まらず、むしろアジアの隣国として、また世界第2位と第3位の経済大国として、これまでにない新たなパートナーシップへの端緒を開くことができたのではないだろうか。

突破口開いた山口代表

 この日中関係の新たなステージを開くにあたっては、政府だけでなく両国のさまざまな関係者が、地道に丹念に、対話と信頼の交流を重ね続けてきた。

習近平総書記と山口代表の会談を報じる公明ニュース(2013年1月26日付)

習近平総書記と山口代表の会見を報じる公明ニュース(2013年1月26日付)

 本来は国交正常化40周年の晴れやかな節目となるはずだった2012年9月、その慶祝行事がすべて取りやめになるほど両国関係は悪化していた。
 同年12月26日に政権交代が実現し、自民党と公明党による連立政権がふたたび発足すると、公明党の山口代表は安倍首相に日中関係の改善を強く促した。
 年が明けた1月、山口代表は安倍首相の親書を携えて中国を訪問。
 山口代表とは旧知で、日中の親善友好に尽力してきた李小林・中国人民対外友好協会会長らとの会談が続いた。李氏は李先念・元国家主席の娘であり、習近平総書記(当時)の幼なじみでもある。
 そして1月25日。習総書記が山口代表と会見した模様は、中国の主要メディアでも速報された。(公明ニュース 2013年1月26日付
 同夜、日本の報道番組が放送した映像では、総書記が会見の冒頭でまず「池田大作先生から年賀状をいただきました。大変感謝しています」と切り出した様子も流れた。
 国家主席への就任を控えた新しい指導者が、中国国内で反日デモや暴動が続いた直後に、日本の与党首脳と初会見に臨むという選択。当然、きわめてデリケートでリスクの大きなものだったであろうことは、想像に難くない。
 内外メディアの取材が入った山口代表との会見冒頭、習氏はあえて公明党の創立者の名前に触れることで、中国国内の世論を納得させたのではないかと筆者は感じた。
 いずれにしても、この会見が突破口となって日中関係は雪解けに転じたのである。

50年前の「池田提言」

 今回も、9月初旬に山口代表を団長とする公明党訪中団が北京と天津を訪問。
 山口代表は要人と会見して、習主席に宛てた安倍首相の親書を託し、主席の訪日を要請したほか、9月8日には周恩来・元首相の母校である南開大学で講演した。

 きょう9月8日は、公明党にとって、忘れることのできない日中交流の原点の日です。党創立者の池田大作創価学会名誉会長が今から50年前の(1968年)9月8日、1万数千人の学生を前に、日中の国交正常化提言を行いました。
(中略)
 公明党は64年の結党以来、全党を挙げて日中友好を推進してきました。党創立者の池田名誉会長は結党に当たり、ただ一つだけ強調されたことがあります。それは、中国を正式に承認し、国交回復に真剣に努めてもらいたい、とのことでした。結党大会の活動方針には、中華人民共和国承認と国交正常化がうたわれました。(「南開大学での講演要旨から」公明ニュース9月12日付

公明党ホームページより(9月12日ニュース)

公明ニュース(9月12日付)

 社会党の浅沼委員長が右翼少年に刺殺されるなど、この当時、日中の関係正常化を口にすることは命がけだった。
 この池田提言を重視した周恩来首相は、日中国交正常化交渉の窓口に公明党を選び、1972年の国交回復にいたる。
 74年5月に池田会長が初訪中した際、手術直後だった周恩来首相に代わって会長と会見したのが、先述の李小林氏の父、李先念氏(当時は副首相)である。
 この年の12月、がんで入院中だった周首相は医師団の反対を押し切って、池田会長と一期一会の会見を果たし、両国の友好を託した。
 会見で周首相が強く促したのが、日中平和友好条約の締結だった。本年はその締結から40周年にあたる。
(下)に続く

「日中」新時代の開幕(下)——信義を貫いた民間交流

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