第108回 正修止観章 68
[3]「2. 広く解す」 66
(10)煩悩境③
(2)別釈③
④「止観を修するを明かす」(1)
この段は、「正しく十乗を明かす」と「異名を会す」に分かれる。前者はさらに「観不思議境」と「後の九乗を明かす」、「挙喩結示」の三段に分かれる。後者はさらに「煩悩即涅槃の三十六句」、「諸法般若の三十六句」、「四身の三十六句」の三段に分かれる。順に紹介する。 続きを読む
(2)別釈③
④「止観を修するを明かす」(1)
この段は、「正しく十乗を明かす」と「異名を会す」に分かれる。前者はさらに「観不思議境」と「後の九乗を明かす」、「挙喩結示」の三段に分かれる。後者はさらに「煩悩即涅槃の三十六句」、「諸法般若の三十六句」、「四身の三十六句」の三段に分かれる。順に紹介する。 続きを読む
(2)別釈②
②「煩悩の起こる因縁を明かす」
この段では、煩悩が生起する原因を三種取りあげている。一方、煩悩が生起する様相には四種があり、深いが鋭くないこと、鋭いが深くないこと、深くもあり鋭くもあること、深くもなく鋭くもないことである。この第四の深くもなく鋭くもない様相は、通常の果報(五陰)の惑の様相の所属であり、ここの煩悩境で扱うものではないといわれる。第三の場合(深くもあり鋭くもあること)は、煩悩が生起し動くのが普通と異なり、煩悩境の煩悩が生じる様相に所属する。「深い」というのは、煩悩が生じるとき、深く重大であり禁止することができず、あらゆる境についていよいよ増大し、遮り制止することがないことをいう。「鋭い」というのは、しばしば起こり、起こるといつも深く重大であることをいう。第二の鋭いが深くないこと、第四の深いが鋭く【利】ないことについては、これに準拠すればわかるであろうといわれる。 続きを読む
今回は、十境の第二の「煩悩境」の段の説明である。この段は、総釈と別釈の二段に分かれている。
(1)総釈
まず、総釈の冒頭には、「第二に煩悩の境を観ずとは、上の陰・界・入に悟らずば、則ち其の宜しきに非ず。而るに観察すること已(や)まずば、煩悩を撃動(ぎゃくどう)し、貪瞋(とんじん)は発作す。是の時、応に陰・入を捨てて、煩悩を観ずべし」(第三文明選書『摩訶止観』(Ⅲ)、近刊、頁未定。大正46、102a6-8)とある。つまり、十境の第一の五陰・十二入・十八界において悟らなければ、それは適当ではない。それにもかかわらず、陰入界を対象とする観察を続ければ、かえって煩悩を突き動かして、貪欲・瞋恚が起こることになる。この場合には陰入界の境を捨てて、煩悩を観察するべきであると述べている。 続きを読む
⑭歴縁対境
「歴縁対境」の段の冒頭には、「縁に歴(へ)境に対して陰界を観ずとは、縁は六作を謂い、境は六塵を謂う」(第三文明選書『摩訶止観』(Ⅲ)、近刊、頁未定。大正46、100中16~17)とある。つまり、縁(外的条件)を経歴し境(対象界)に対して五陰・十二入を観察することについて、縁とは六作(行・住・坐・臥・語黙・作作[仕事の意])を意味し、境とは六塵(色・声・香・味・触・法の六境)を意味するとされる。この段は、さらに「歴縁を明かす」と「対境を明かす」の二段に分けられる。 続きを読む
⑬大車の譬え
この段の冒頭に、
是の十種の法を、大乗の観と名づく。是の乗を学ぶ者を、摩訶衍と名づく。云何んが大乗なる。『法華』に云うが如し、「各おの諸子に等一の大車を賜う。其の車は高広にして、衆宝もて荘校す。周匝(しゅうそう)して欄楯あり、四面に鈴を懸く。又た其の上に於いて幰蓋(けんがい)を張り設け、亦た珍奇の雑宝を以て之れを厳飾し、宝縄交絡して、諸の華瓔(けよう)を垂れ、重ねて綩莚(おんえん)を敷き、丹枕(たんしん)を安置せり。駕するに白牛を以てし、肥荘にして力多く、膚色(ふしき)は充潔に、形体(ぎょうたい)は姝好(しゅこう)にして、大筋力(だいこんりき)有り。行歩(ぎょうぶ)は平正(びょうしょう)にして、其の疾(はや)きこと風の如し。又た、僕従(ぼくじゅう)多くして、之れを侍衛(じえ)せり」と。(第三文明選書『摩訶止観』(Ⅲ)、近刊、頁未定。大正46、100上4~10)
とある。 続きを読む