景気回復を実感する年に――カギ握る成長戦略の成否

明治大学政治経済学部准教授
飯田泰之

消費税増税を4月に控えるなか、日本経済はどう進んでいくべきか。

アベノミクスに終始した2013年

 2013年の経済は「アベノミクス」に尽きました。安倍政権は発足時、「財政政策」「成長戦略」「金融政策」という〝三本の矢〟を示しスタートしましたが、いちばんの功績はまぎれもなく大胆な金融緩和策です。
 それによって、8000円台にまで低迷した株価は1万5000円台に回復し(2013年12月現在)、1ドル=70円台に突入した円は、100円台に戻りました。この1年、ほとんどの経済指標が軒並み改善に向かいました。
 2、3月の段階では金融政策は、資産価格の上昇を通して、大企業や資産家だけが儲かるだけで、庶民にまでは景気回復は実感されないとの批判がありましたが、それは当然のことです。いかなる時代でも経済の上昇局面では、最初に資産価値が反応します。そこからの動きが波及して景気が好転していきます。これはトリクルダウンと呼ばれる「裕福な者が富めば、貧しいものにお金が行き渡る」という経路の話をしているのではありません。景気回復の初期に恩恵を被るのはビジネスの最前線に近い人で、多くの人が景気回復を実感するのには時間がかかるのが当たり前のことなのです。
 春先からは、高級車や高級時計、高級酒、紳士服といった男性向け商品が売れ始めました。男性向け製品や内需関連の回復が先行したのは珍しいケースです。こうした買い控えられていた商品が売れるのは、経済のフェーズ(局面)が切り替わった証しといえるでしょう。夏ごろからは、地方の経済が非常によくなりました。その大きな要因として円安による旅行者の増加があげられます。海外からの旅客数に限ってみても2012年比でみると約3割増え、国内航空路線の空席率や、地方のホテル空室率も減少しています。
 秋口には、労働環境が好転し始め、企業のなかには冬のボーナスが増えたところが多く、ベースアップを表明する企業も出てきています。資産価格、消費投資、労働の3分野にもれなく効果が表れており、これほどデフレからインフレへと急ピッチで進んだ経済効果は極めて稀です。1931年から32年の犬養内閣のときにもほぼ同じペースでの経済の回復をみましたが、それ以来の経済回復です。これは、世界史的に見てもかなり珍しいV字回復といってよいでしょう。
 金融政策がなぜ効くのか。多くあるものは安く、少ないものは高いのが経済原則で、さらに言えば、現在は多くあり将来も多くあるものは安くなります。
 この経済原則をマネー・日本円に置き換えてみれば、なぜデフレが続いたのか、なぜ今明るい兆しが見えはじめているのか理解できるでしょう。現在も将来も金融緩和を続けるとの信頼を得たならば、円の価値は下がる――つまりは円安・インフレに経済は向かわざるを得ないのです。
 素晴らしい回復を見せた年でしたが、個人的には、もっといけただろうという思いもあり、少し残念だったのも正直な気持ちです。

成長戦略の中身は規制緩和と自由化

 アベノミクスは、大胆な金融緩和、機動的な財政出動、民間投資を喚起する成長戦略の〝三本の矢〟で構成されています。しかし、現状は金融緩和だけの〝一本足打法〟であると言わざるを得ません。金融緩和は成果を出していますが、それだけで満足してはいけない。日本経済が力強い成長へと向かうには、成長戦略が重要になります。
 気になることは、現政権内から経済対策はもういいのではないか、という声が漏れ始めていると伝え聞くことがあることです。経済の回復はようやく軌道に乗り始めたところであり、現状では過去3年間で後退した経済を取り戻しているだけにすぎません。2014年でどれだけ前向きな対策を打てるかが、本格的な景気回復がもたらされるか否かの分水嶺です。一部にある経済対策消極論を打ち消せるか安倍首相の手腕が問われます。
 成長戦略で必要なのは、規制緩和と自由化です。これができれば加速態勢へと移行するでしょう。逆に〝抵抗勢力〟に押されてしまえば、歴代内閣の失敗の轍を踏むことになる。その意味で2014年は、経済成長に向けての〝分水嶺〟になる年といえます。
 長期的には世界の経済状態は日本にとって不利ではない状態だと思っています。短期的にも国内外ともにポジティブな状態だといえます。まず海外要因ですが、現在、年間1人当たりの年収が約1万ドル台のアジアの中所得国がどんどん増えています。これが2万ドルを超えてくると大きな購買力となります。日本を「強いブランド力のある国」として認識しているインドネシアやマレーシアなどをターゲットにすると数億人。将来的に10億にまで広げられるようにしたら非常に魅力的だと思います。食品に関しても米食文化のある国をターゲットにしたビジネスなどもよいのではないでしょうか。
 国内要因でいえば、高齢化のビジネスです。2025年には団塊の世代のすべてが75歳に到達する超高齢社会になります。一見後ろ向きと捉えがちな現象も、実は大きなビジネスチャンスがあります。
 観光業や食品、電化製品など多くの分野で高齢者対応商品のニーズが高まっています。介護サービスは将来の輸出品にもなり得ます。この分野にある規制を緩和することが必要です。
 国内の規制緩和と国外にむけての市場開放。これをどう進めるかで日本の進退が決まるといっても過言ではないでしょう。同時に、失敗しても立ち直れるセーフティーネットも構築することで、活発で多様な取り組みが行われていくでしょう。
 成長戦略の目玉として浮上している特区構想もやる価値はあります。無責任と批判されることもありますが、やってみなければわからないことです。トライできる環境をつくっていくことが大切です。

増税分の景気対策を行うべき

 2014年は本格的な景気回復が期待できる半面、景気にブレーキをかけることになる消費税の増税が実施されます。何も対策を講じなければ間違いなく景気は夏ごろには腰折れします。
 今回の7.5兆円規模の純増というのはこれまで日本は経験したことがありません。1989年の消費税導入のときは4兆増税で8兆の減税、97年の5%への増税のときは、ほぼ同額の大幅な減税や社会保障給付の拡大を実施しました。ですから、たとえば、2015年に5兆円、2016年に2.5兆円といったような純増7.5兆円分の景気対策を行っていただきたい。
 その次にくる消費税10%は、できるだけ長く据え置くべきでしょう。
 軽減税率は個人的にはなかなか難しいように感じます。事務処理が繁雑になる恐れがあるからです。導入するのであれば、欧米各国で取り入れられている取引の際に税務当局から与えられた企業番号が入ったインボイス方式にする必要があると思います。ただこれについての反対の声は大きい。
 先進国の中で付加価値税がインボイスでないのは日本だけです。景気を冷やす増税をどれだけ軽くできるか、成り行きに注目しています。
 企業活動を活発化させ、消費を増やすための規制緩和など成長戦略が打ち出せるか。経済面から見て2014年は重要な年になることは間違いありません。

<月刊誌『第三文明』2014年2月号より転載>


いいだ・やすゆき●1975年、東京生まれ。東京大学経済学部卒業、同大学院経済研究科博士課程単位修得退学。財務省財務総合政策研究所上席客員研究員。専門は経済政策・マクロ経済学。著書に『ゼロから学ぶ経済政策』(角川oneテーマ21)、『飯田のミクロ 新しい経済学の教科書』(光文社)など多数。