【書評】夫婦の理想的な関係とは――考えるヒントとなる一書 解説:佐々木俊尚(ジャーナリスト)

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『主夫と生活』 My Life as a Househusband
マイク・マグレデイ 著
伊丹十三 訳
アノニマ・スタジオ
定価1600円+税 Amazonで購入
 
 
 

 ニューヨークの新聞社に勤務している40歳の著名コラムニストがある日、仕事をすべて辞めてしまって専業主夫(ハウスハズバンド)になった。それから1年間の、主夫生活の苦闘と発見をつづった非常に面白いノンフィクションである。
 実はこの本が書かれたのは、1975年のことだ。83年になって、映画監督で俳優、名エッセイストでもあった故伊丹十三が翻訳し、日本語版が刊行された。本書はその復刻版である。日本の大手出版社の名前をもじったタイトルは、伊丹らしいウイットに富んでいる。
 原著は今から40年も前のものなので、21世紀の今読むと驚かされることが多い。取材先の大企業経営者に「家庭に入る」と打ち明けると、こう言われる。「いやしくも大の男にそんな馬鹿げた仕事ができるわけがないだろう。一人前の男に、そんなひよこの糞みたいな生活ができるとは、わしには到底思えん」。また、家事分担している友人の男性とバーで料理談議に花を咲かせていると、気がつけば店の中は水を打ったように静まりかえり、店内の男たち全員が目を丸くして2人を見つめていた――。
 とはいえ、そうした時代性があったとしても、この本は面白いし、読み進めるに連れて感動が高まる。1年ののちに著者は主夫生活を打ち切り、妻とともに新しい結婚契約を行う。これからは2人でともに稼ぎ、ともに家事をするという決意を定め、文書を作り、家族全員で署名したのである。
 翻って考えてみると21世紀の日本――さすがに男性が家事をしていて驚かれることはなくなったが、しかし著者たちのような理想的な関係は築かれているだろうか。今も、女性に良妻賢母的な役割を押しつけるような言説が横行している現実がある。
 巻末に精神分析学者の佐々木孝次と伊丹の当時の対談が掲載されていて、伊丹の言葉が痛烈だ。「言葉に従って生きるのを男とおけば、この本の夫婦は、いわば二人とも男なんです。(笑)で、彼らの水準からするなら、日本の夫婦っていうのは二人とも女なんですよ」
 日本の夫婦には、理念的なるものが今も不足しているということなのかもしれない。
(ジャーナリスト・佐々木俊尚)

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