特集㉙ 法主・日顕の〝素顔〟――常軌を逸した遊蕩三昧

ライター
青山樹人

月刊誌へのデタラメ手記

 1992年早々、『文藝春秋』(2月号)に日顕の〝手記〟なる文章が掲載された。
 文藝春秋は「日顕はニセ法主」だとする山崎正友の告発記事をたびたび報じてきた出版社である。そこに、ためらいもなく日顕が手記を寄せた。入れ知恵と手引きをしたのは、おそらく山崎正友であろう。
 日顕の寄稿は、「創価学会員に告ぐ」という居丈高なタイトルで、しかも内容は、世間を欺くウソの羅列であった。

「解散勧告」及び「破門通告」にいたる直接の端緒となったのは、一昨年十一月十六日の、池田名誉会長の発言でした(同手記)

 日顕は、1990年7月の「西片会議」「御前会議」のことを隠して、あくまで同年11月の本部幹部会でのSGI会長の発言が破門の原因だと書いているのである。

そういう経緯があっても、なんとか善導したいという気持ちは、捨てたわけではありませんでした。

私たちの誠意をもった善導を聞かず、むしろ逆に彼らの立場からは批判なり、嫌悪なりということが、ずっと蓄積されていたのでしょう。それが一昨年、不意に無法な言いがかりという形で吹き出たと思うのです。

 宗内にも極秘で謀議を重ね、学会からの話し合いの要望を拒否した挙げ句、年末をねらって総講頭を罷免。1月2日に大石寺に赴いた学会執行部との面会も拒否しながら、「無法な言いがかり」をつけられたと被害者を装う厚顔ぶりである。
 この92年の3月28日には、日顕は日蓮正宗名で、東京都知事に創価学会が宗教法人の適格性を欠くとして解散を迫る『意見書』を提出している。

金満体質の元凶は日顕

 日蓮正宗の金満体質は、阿部日顕が法主になって、加速度的に宗内に蔓延していった。
 すでに挙げた高僧たちの遊興など氷山の一角。住職の私生活に使う庫裡(くり)の厨房にレストランばりの設備を入れた者。500万円の焼き肉用テーブルを設(しつら)えた者。ポルシェなどの高級外車を購入する者。10億近い預貯金を貯め込む者。およそ一般社会の感覚を越えた耳を疑うような贅沢三昧が、あちこちで発覚していた。
 その元凶となっていたのは、法主である日顕の桁違いの供養の私物化であった。
 日顕は年間で何十日も総本山での丑寅勤行をさぼり、家族や取り巻きだけで伊豆や湯河原といった大石寺近郊の温泉で遊蕩にふけってきた。宿泊は当然、庶民の目がくらむような超高級料亭旅館などである。
 学会執行部に「丑寅勤行は法主の専権事項だ」と怒鳴った翌日にさえ、その丑寅勤行をさぼって本山を抜け出し、息子と娘夫婦の3家族で伊豆長岡随一の高級旅館に宿泊。1人1泊15万円の部屋に泊まって会席料理に舌鼓を打っていた。
 1990年の8月29日には、大石寺に集めた宗内の坊主たちを前に、「ゴルフに行くな」等、21項目からなる綱紀粛正事項を徹底している。
 だが、その翌日の8月30日、日顕は女房の政子と息子の阿部信彰夫婦、金庫番の石井信量夫婦を連れて、再び伊豆長岡の高級旅館で豪遊している。日顕は1人前が10万円という料理を食べ、従業員にも10万円のチップを渡していた。
 創価学会を切り捨てたあとも、宗内には質素倹約を命じながら、当の日顕は遊蕩三昧を続けていたのだ。
 92年4月、丑寅勤行をさぼって奥湯河原の温泉で豪遊していたことが報道された。4月21日、全国支院長会議を前にしての「お目通り」の折、日顕は気まずい空気を察したのか、「これからは、ちゃんとやりますから」と僧侶らに言い訳をしている。
 しかし、その舌の根も乾かない5月21日と22日、今度は修善寺の超高級旅館で豪遊していたことが発覚した。どうしようもない遊蕩癖なのである。
 この92年の年初から、日蓮正宗内部から日顕の行状に率直な疑問を投げかけて宗門を離脱する僧侶が出はじめている。
 この後、日顕の非道や遊蕩三昧の実像を動かぬものとするさまざまな事実が露見していくに連れ、宗門を離脱する僧侶は増えていった。最終的には60人余となっている。

公表されたシアトル買春事件

 1992年6月、宗内を揺るがす日顕自身の過去の「事件」が公表された。
 日顕が教学部長であった1963年3月19日、出張御授戒ででかけていたアメリカのシアトル市内で売春婦とトラブルを起こし、警察沙汰になっていたというものだ。
 その際に、日顕を救出したアメリカ在住の学会婦人部員ヒロエ・クロウさんが、日顕が学会を破門したことをもって長年の沈黙を破り、事件の詳細を弁護士に供述した。
「法主に従わなかった」という理由で1000万の信徒を破門したものの、そもそも阿部日顕自身が法主として適格な人物なのか否かが問われたのである。
 あわてた日顕側は、この報道を事実無根として、93年12月、20億円という法外な損害賠償の支払いを求めて創価学会などを名誉毀損で提訴した。
 だが、一審の東京地裁の審理では、ヒロエ・クロウさんが3回にわたって出廷し、事件の模様を克明に証言した。また、事件現場に駆けつけた2人の警察官が判明し、その1人スプリンクル氏もクロウ婦人の証言を裏づける証言をし、もう1人も同様の宣誓供述書を裁判所に提出した。
 日顕は当初、同夜はホテルから一歩も出ておらず、したがって「事件」など起こり得ないと強弁して創価学会側を訴えていた。
 ところが、提訴から1年半も経た95年9月、いよいよクロウ婦人が出廷する直前になって、なぜか主張を180度変更。「外出して酒を飲んでいた」と言いはじめた。
 この裁判では、日顕自身が3度にわたって出廷し、尋問を受けた。そのうえで、2000年3月21日、東京地裁は学会側全面勝訴の判決を下したのである。
 日顕側は控訴したが、2001年7月以来、審理をしていた東京高裁は、日蓮正宗側が訴えを取り下げることを主な内容とする和解を強く勧告した。日蓮正宗が提起したこの訴訟は、そもそも宗教団体の目的としてふさわしくないものであり、40年も前の外国での出来事の証明は困難を極める、というのが高裁の判断だった。
 2002年1月、宗門側はこの勧告を受け入れ、自らが出したすべての訴えを自分たちで取り下げたのである。1400万円にのぼる裁判費用は、すべて日蓮正宗側の負担となった。しかも、日顕の買春行為を認定した一審判決が覆されたわけではなく、判決は未来永劫に残ることになった。
 誰がどう見ても、事実上、日顕の完全敗訴であった。
 シアトル事件が発覚した1992年には、日顕が赤坂の高級料亭で芸者をあげて宴会をやっていた写真も、同席していた僧侶から公表された。
 写真が「創価新報」に報道されると、宗門はあわてて、創価学会による首をすげ替えた捏造写真だなどと幼稚な強弁で逃げようとした。
 これについてもその後の裁判で、写っているのが日顕自身であることが明らかとなり、日顕がたびたび高級料亭や高級温泉旅館で芸者遊びをしていたことが逆に司法で証明されてしまった。

※この記事は『最新版 世界広布新時代への飛翔』(青山樹人著/鳳書院)をベースに加筆修正したものです。

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あおやま・しげと●著書に『宗教はだれのものか』(2002年/鳳書院)、『新装改訂版 宗教はだれのものか』(2006年/鳳書院)、『最新版 宗教はだれのものか 世界広布新時代への飛翔』(2015年/鳳書院)など。WEB第三文明にコラム執筆多数。