特集㉗ 法主絶対論という邪義——宗開両祖に背く珍説

ライター
青山樹人

山崎正友に頭を下げた日顕

 日蓮正宗内では、もう一つ、衝撃の〝露見〟があった。
 C作戦発動の直後、日顕が山崎正友に、

あの時は、ウソツキと言って悪かった。勘弁してください

と伝言したという事実が暴露されたのだ。
 山崎は、日顕から「ウソツキ」と言って遠ざけられるや、日顕が相承を受けていないニセ法主だと週刊誌に連載して攻撃。正信会一派に裁判を起こさせた張本人である。
 しかも、弁護士でありながら億単位の恐喝事件を起こし、当時は最高裁への上告中とはいえ、すでに一審で懲役3年の有罪判決を受けていた人間だ。
 総講頭罷免の臨時宗会から1週間。全国教師指導会の前日にあたる91年1月5日。日顕の伝言は、大石寺において、日蓮正宗海外部書記だった福田毅道から、高橋公純の寺の檀徒であり、山崎正友の部下でもあった梅沢十四夫にことづけられた。
 月刊誌でそのことを暴露したのは、なんと梅沢当人だった。

当時、海外部書記の福田毅道さん、この人と約二時間話したんです。その時に、『梅沢さんは山崎正友さんに連絡はとれますか』と言うもんですから、とろうと思えばとれますと言いましたら、その時に、『では山崎正友さんに猊下さんからのおことづけをお願いしたいんだ』というわけです。『これから言うことをそのまま伝えていただきたい、あの時はウソつきと言って悪かった。かんべんして下さい。このように伝えて下さい。梅沢さんは意味が分らなくてもいいんだ。こういう風に言えば山崎正友さんは理解できるはずです。ただしこのことは絶対に口外しないでいただきたい。私と梅沢さんの間だけにして絶対マスコミには特に言わないで頂きたい』ということでした。(『新雑誌21』91年8月号)

 相承疑惑という、一番触れられたくない問題を週刊誌で公表した不倶戴天の敵に、日顕は「勘弁してください」と頭を下げたのだった。
C作戦を実行した年末から年始のわずか10日ほどのあいだに、日顕は自宗の御本尊を解体して週刊誌でデマ記事を書いた人間と手を結び、自分の相承疑惑を暴露した人間にも平身低頭した。
 日顕が頭を下げてきたことを知った山崎は、小躍りして喜んだ。
 しかし、山崎はこの直後に最高裁から上告を棄却され、懲役3年の実刑が確定。3月には栃木県の黒羽刑務所に収監されてしまうのである。

「法主は御本尊に等しい」

 さらに、魔僧たちの正体は露見していく。
 総本山・大石寺近在の富士宮市半野地区は、徳川時代から村全体が大石寺の信徒になっている。
 ところが、根檀家と呼ばれるこうした家々では、稲荷や水子地蔵、金山彦神などが平然と祀られていた。法華講でありながら勤行もろくにできず、供養と引き換えに何体もの御本尊を受け取っている者もある。それどころか、道祖神の供養のために大石寺の役僧が法要をしていた事実も発覚した。
 創価学会に対して、〝謗法〟〝違背〟と言いがかりをつけながら、これが総本山の実態だった。日蓮仏法の純粋性を保っていたのは創価学会であって、日蓮正宗も法華講も、あいかわらず謗法まみれの体質だったのである。
 追いつめられた日顕と周辺は、法華講信徒の動揺を防ぎ、学会員の目をごまかすために、今までにも増して「法主絶対論」を主張しはじめた。
 宗門の機関誌『大日蓮』(93年6月号)には、「現代における大聖人様である御当代の猊下様」「御当代の猊下様を悪口、罵詈するということは、末法の御本仏日蓮大聖人様を悪口、罵詈するということと全く同じ」という、驚くべき論考が掲載された。書いたのは法華講員である。
 さらに『大日蓮』(93年9月号)では、宗門の最高位である能化の地位を持つ早瀬日慈、鎌倉日桜、椎名日澄、吉田日勇、瀬戸日謙、高野日海、秋山日浄が、

唯授一人の血脈の当処は、戒壇の大御本尊と不二の尊体にまします。したがって、この根本の二つに対する信心は、絶対でなければなりません。

と主張した。
 大石寺の開祖である日興上人は、

時の貫首為りと雖も仏法に相違して己義を構えば之を用う可からざる事

時の貫首或は習学の仁に於ては設い一旦の媱犯有りと雖も衆徒に差置く可き事

と遺戒をしている。
 法主=「時の貫首」といえども仏法に相違する勝手な邪義を立てる者が現れたり、女犯をするような者が出る可能性を、日興は重々に想定していた。そして、そのような人間を貫主の座に留めてはならないと末弟に遺言しているのである。
 法主を、法主の地位にあるというだけで「現代の大聖人様」「御本尊と不二」などと崇めるのは、日興の思想を真っ向から否定する邪説であり、大石寺700年の歴史の中でも、かつてない究極の法主絶対論である。

日蓮正宗の「新聞広告」

 3月5日、日顕は海外の布教について、従来の方針を転換することを発表した。
 じつは山崎正友が暗躍した最初の「宗門問題」の際、山崎と正信会僧侶は、海外の創価学会組織の切り崩しにも手を染めていた。
 会員の多かった韓国などに出向き、不満分子を煽って僧侶直属の反創価学会の信徒グループをつくらせた。彼らだけに本尊を下付し、大石寺への参詣を許可するという陰湿な手段で、それまでの組織を崩壊させようとしたのである。
 その後、学会と宗門が攪乱された関係を修復していくなかで、海外の布教および指導についてはすべてSGIに一任し、海外ではSGI以外の信徒組織を認めないということが、学会と宗門とのあいだのルールだった。
 日顕は、いきなりこれを破って、今後は宗門独自でも海外で信徒をつくると発表したのだった。
 続く3月16日。今度は総本山への参詣=登山会の方式を変更すると、一方的に発表した。
 戸田第2代会長の時代以来、約40年間に大石寺に参詣した国内外の学会員の数は、延べ7000万人にのぼる。
 とりわけ、池田会長の時代になってからは、学会の発展に伴って登山の人数も飛躍的に増えた。無事故を期すために学会側は「輸送班」という男子部の人材グループ(のちに創価班と改称)を結成するなど、最大限の配慮をしてきた。
 日顕は「添書登山」なる方式を打ち出した。
 これまで、学会員が登山会に参加する場合は、地元の学会組織を通じて申請すればよかった。それを撤廃して、所属する末寺に行って住職の許可をもらい、所定の書類を用意しなければならないと変更したのである。
 日顕は、過去40年の登山会の歴史を知る人間である。学会員の信仰の篤さを考えれば、これで大勢の会員が宗門につくことになると考えたのだろう。
 その揺さぶりの効果を高めるため、日顕はさらに新聞広告を出す。
 7月2日からの「添書登山」開始に先立って、6月に入ると全国の一般紙に「創価学会の皆様へ」と大書した広告が出た。

〈今まで皆さんの月例登山会はすべて学会の組織を通じて行われて来ましたが、今後は本宗本来のあり方に戻し、総本山と末寺において取り扱うことになりました〉

 そして、あえて次のように書き添えた。

〈尚、創価学会を退会しなければ登山できないとか、幹部の許可がなければ登山できないなどということはありません〉

 学会員と寺院との接点を緩やかに保っておいたほうが、学会切り崩しに実効的だという奸智であった。

※この記事は『最新版 世界広布新時代への飛翔』(青山樹人著/鳳書院)をベースに加筆修正したものです。

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青山樹人

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あおやま・しげと●著書に『宗教はだれのものか』(2002年/鳳書院)、『新装改訂版 宗教はだれのものか』(2006年/鳳書院)、『最新版 宗教はだれのものか 世界広布新時代への飛翔』(2015年/鳳書院)など。WEB第三文明にコラム執筆多数。