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よき対話は人の脳を活性化し人生を豊かで幸福にする

脳科学者/医学博士
岩崎一郎

 SNS(ソーシヤル・ネットワーキング・サービス)の登場によってコミュニケーションのあり方が大きく変わる一方、リアル(現実)の会話を苦手とする若者が増えているようだ。人間にとって会話はどのような意味を持つのか。対人恐怖を克服するため3000人以上との対話に挑んだ脳科学者の岩崎一郎氏に話を聞いた。

無口で口下手な私の挑戦

 子どものころから無口で口下手であった私は、44歳まで恋愛を経験したことがありませんでした。父の家庭内暴力に苦しんできた私には、世の中の人すべてが父と同じような怖い存在に思えてならなかったのです。対人恐怖で他人と関わることができなかったために、自然と動植物に関心が向かい、将来は自然科学を研究する仕事につきたいと思っていました。
 望みがかない研究者の道へ進み、やがて通産省(現経済産業省)に奉職するようになると、いつしか「結婚をして幸せな家庭を持ちたい」と願うようになっていたのです。
 その後、縁あってアメリカのノースウェスタン大学の准教授として招かれたのですが、そこで困ったことがありました。アメリカでは自分の研究が、いかに社会の役に立つかをアピールしなければ自らの居場所が得られません。つまりアメリカ社会で生きていくためには、自分が最も苦手な「コミュニケーション能力」が必要だったのです。
 それからの私は、無口と口下手を克服したい一心で、会話教室・自己啓発セミナー・心理学講座など、あらゆる場所に通いました。ところが一向に会話力は上達しません。なぜならあまりに口下手すぎて、何を教えられても実践することができなかったからです。
 悩んだ末にたどりついた結論が、とにかく出会う人すべてに、ひたすら声をかけ続けることでした。幸いアメリカには、「Hi(やあ!)」という便利な言葉があります。こちらがハーイと声をかけると、向こうも同じように返してくれる。はじめはただそれだけのやりとりでしたが、このやり方ならば自分にもできると自信を持ちました。
 また脳科学の研究者であることも手伝い、「どうしたら会話が弾むか」「どんな言葉を投げかければ会話が円滑に進むか」など、仮説を立て、検証することに没頭しはじめたのです。こうしてふと気がつけば、3000人以上との対話をやり遂げている自分がいました。

脳科学から見た「世界一しあわせを感じる人」

 人との会話が苦でなくなると、私の人生も変わりました。まず、人と関わることがこれほど楽しいものだったのかと実感するようになりました。また昔の私をよく知る人からは、「顔つきが変わってとても明るくなった」と言われるようになりました。そして何より、愛する妻と出会えて幸せな家庭を築くことができました(笑)。
 実は私が研究してきた脳科学の立場から見ても、円滑なコミュニケーションが個人の主観的な幸福感に大きな影響をもたらすと同時に、脳を活性化し、能力を引き出すことができるとわかってきました。
 たとえば、個人の主観的な幸福感を問うたアメリカ・ウィスコンシン大学の研究では、他人の幸福を祈り続けるチベット仏教僧侶の多幸感がとても大きいことがわかっています。他人に感謝し、相手の幸福を祈ることが、個人に精神的な満足感を与え、活力を引き出しているのです。
 それに加えて、脳科学的な解析をしてみると、通常の人の脳に比べ、圧倒的に高い活性を持っていることがわかってきました。そういう意味では「利他の心の強い人」が、「世界一しあわせを感じる人」であり、「脳の活性を大きく高め、能力を引き出すことのできる人」でもある、と言えるのです。
 一方、人間の円滑なコミュニケーションが阻害される環境で育った場合には、脳の機能などに弊害が生じることが明らかになっています。ハーバード大学の研究では、幼少期に周囲の大人から心ない言葉を浴びせられた子どもたちの脳の神経回路が、一般の人に比べて弱っていることが証明されています。他者から浴びせられる悪口が、脳細胞を劣化させることがわかっているのです。
 人間の脳にこれほど大きな影響を与える日々のコミュニケーションですが、ではどうすれば脳細胞に好影響を与えることができるのでしょうか。
 それは端的に言えば、「利他の心」など深い思いやりを持つ習慣を身につけることです。さらに、「あいさつ」と「感謝の言葉」を頻繁に言う習慣を身につけることも役に立ちます。このような習慣は、私たちの脳の左側(こめかみあたり)にある、「ブローカー言語野」と呼ばれる部位を鍛えることができるのです。ここは主に、人のコミュニケーションをつかさどる役割を担っており、この部位が活発化すれば、機転を利かせた明るい会話ができるようになります。
 昔から、よりよく生きるために「元気よくあいさつをしましょう」とか、「きちんとお礼を言いましょう」と言いますが、実はこの習慣を身につけることで、自然とブローカー言語野に刺激を与えることができているのです。

女性の会話には「感情」という脈絡がある

 コミュニケーションにおいて最も大切なことは、話し手の「1次感情」をしっかりと受け止めることです。話し手が何かを語る際に、相手がうれしかったのか、悲しかったのかを正しく理解し、その感情をきちんと受け止めるということです。
 その典型的なケースが、男性と女性との会話ではないかと思います。往々にして男性は、「それって○○ってことだよね?」と女性の話を途中でさえぎり、結論を急いでしまいがちです。そして、女性同士の会話は話が飛び過ぎてついていけない、と感じているのではないでしょうか。
 一般に、男性は左脳を中心に、女性は左脳と右脳の両方を使って話をしています。左脳は論理的な事柄を、右脳は直感的な事柄をつかさどるといわれているように、男性は論理で話をするのに対し、女性は論理だけではなく、感情で話をつなぐということを無意識に行っています。
 たとえば「この前ディズニーランドに行って楽しかった」と話す女性に、別の女性が「私も沖縄旅行に行って楽しかった」と答えるとします。それを聞いた多くの男性は、「なぜディズニーランドの話をしているのに沖縄旅行の話題を持ち出すのだろう?」と考えてしまうのではないでしょうか。
 それは2人の女性の会話と会話をつないでいる「楽しかった」という感情を見落としているのです。ですから、女性とのコミュニケーションを円滑にするためには、〝感情〟という「男性には見えない会話の脈絡」をしっかりつかんでいくことが大切です。

リアルの関係こそ大切に

 現代はSNSなどインターネット上のコミュニケーションツールが発達している時代です。しかし、仮想空間のコミュニケーションが発達しているからこそ、リアル(現実)のコミュニケーションを大切にしてほしいと思います。仮にSNSなどのツールを使って、相手の状況をリアルタイムに確認できたとしても、相手とのつながりを深め、共感の気持ちを共有できるかは別間題だからです。
 時には、ふとした心のすれ違いから、相手に誤解され、人間関係につまずいてしまうこともあるかもしれません。それでも他者との関わりをあきらめないでほしいと思います。もちろん、ある程度冷却期間を置いたり、相手が何に不満を抱いているのか、冷静に見極めたりすることは大切です。しかし自分で先入観を抱き、「結局、彼(彼女)は自分のことが嫌いなんだ」とか、「もう仲直りすることはできないんだ」などと関係を閉ざさないでほしいのです。
 これまで脳の仕組みを研究し続けてわかったことは、脳の柔軟性と可能性の大きさです。たとえどんな環境にあったとしても、努力を重ねるかぎり、脳は一生、成長し続けます。自分であきらめることさえしなければ、脳は困難と思えることをも乗り越え、成長していくのです。
 カナダのウェスタン・オンタリオ大学の研究では、ほぼ全盲に近い視覚障がい者が、「音を使って、物を見る能力を身につけた」事例が報告されています。
 通常、人は目で見たものと耳で聞いたことは脳の別の部位(視覚野と聴覚野)で扱われています。しかし、この視覚障がい者は、耳から聞いた音を聴覚野だけでなく、視覚野で捉えることができるようになったのです。つまり脳科学的に見て、その人は「音によって物を見ている」と言えるのです。この事例は人間の幸不幸が、障がいの有無によって左右されないことを証明していると思います。
 脳はいつだって自分の努力を裏切りません。皆さんもよきコミュニケーションで、人生の可能性を大きく広げていってほしいと願っています。

<月刊誌『第三文明』2014年7月号より転載>

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<近著紹介>
『何をやっても続かないのは、脳がダメな自分を記憶しているからだ』
岩崎一郎

価格 1,380円+税/クロスメディア・パブリッシング/2014年3月14日発刊
→Amazonで購入 →セブンネットで購入
 
 
 脳の仕組みを「習慣づけ」から読み解く1冊。ダイエットや禁煙が続かないのは、悪しき習慣づけによって脳の回路が「ダメな方」に設計されているからだとし、最新の脳科学の知見に基づきながら豊富な事例を紹介。いかにして「働き脳」を育てていくかが語られている。ついつい食べ過ぎてしまうことや、喫煙の嗜好をやめられないことが、実は単なる習慣によって生み出されたものであり、身につけた悪しき習慣は正しいルールの理解と実践によって変えられると説く本書は驚きに満ちている。長年にわたって脳の仕組みと円滑なコミュニケーションについて研究してきた著者ならではの好著である。(ライター 山下真史)


いわさき・いちろう●1961年、神奈川県生まれ。京都大学卒業後アメリカに留学し、ノーベル生理学・医学賞を受賞した遺伝学者ハワード・マーティン・テミン教授に師事し博士号を取得。旧通産省(現経済産業省)の主任研究官、ノースウエスタン大学医学部脳神経科学研究所准教授などを経て、現在は国際コミュニケーション・トレーニング株式会社代表。少年時代から抱える対人恐怖の悩みを克服するため、渡米中に街頭で3000人を超える人々への声かけ実験を行う。帰国後は、コミュニケーションが苦手な人への支援を行う講演会やセミナー活動に携わっている。著書に『出逢いの法則』(共著中経出版)、『誰とでも仲良くなれる人の聞き方・話し方』(クロスメディア・パブリッシング)などがある。