「若者に冷たい社会」を乗り越える

中央大学文学部教授
山田昌弘

 若者が生きづらい現代。「パラサイト・シングル」「婚活」「格差社会」など数々の概念を生み出してきた山田昌弘氏に若者の今を聞いた。

なぜ社会は若者に冷たくなったのか

 戦後、高度成長期から1990年代まで、若者は強者であったと思います。
 親世代の多くが零細な農家や自営業を営む一方、若者世代は経済成長によって大都市の工業やサービス産業などに従事し、安定した正規雇用(正社員)のもと、年功序列による終身雇用が保障されていました。
 また多くの女性も、正社員と結婚することで安定した家庭を築き、家事や育児に専念しながら、豊かな老後を目指すことができたのです。
 よって日本の社会保障は、不安定な自営業者や子どものいない高齢者をいかに保護していくかに視線が向けられ、若者向けの福祉政策は存在しなかったのです。
 問題はバブル経済の崩壊によって日本経済の成長が停滞し、これまでのような安定した雇用が望めなくなっているにもかかわらず、若者が強者であった時代の社会保障制度を引きずっている点にあります。
 見直すべき制度改革が放置された結果、新卒一括採用の枠組みからこぼれ、非正規雇用を余儀なくされてしまった若者たちが、何の助けもなく厳しい社会の中に放り出されているのです。
 今、世の中では、若者の経済的立場が弱くなっていることにのみ関心が集まっていますが、より正確に言えば、正規雇用という枠組みに入れた若者と入れなかった若者の間に広がる経済格差こそ問題なのです。
 また不安定な暮らしを強いられている若者たちが、いつまでも安定した家庭を築くことができず、親以外の支えもなく放置され続けていることに格差社会の本質があります。
 いわば現在の日本は、「家族の支えなき若者」に対して、特に冷たい社会なのです。

経済格差という名の階級社会

 若者に冷たい社会は必然的に親世代への依存を強めます。1999年に私は『パラサイト・シングルの時代』(ちくま新書)を執筆しました。
 正社員として自立し、安定した家庭を築けるにもかかわらず、親と同居し続ける未婚の若者を「パラサイト・シングル」と位置づけ、社会的に大きな反響を呼びました。しかし現在では、その性質が大きく変容し、親と同居しなければ若者の暮らしが成り立たない状況が急増しています。
 平成24年度の「国土交通白書」によれば、35歳から39歳までの親と同居している未婚者が193万人にまで達し、同世代の若者の2割近くを占めている状況です。しかも、彼らの非正規雇用および失業率が非常に高いことが判明しています。
 現在のような状況が続けば、親に依存する若者たちの中高年化に伴うキャリア形成の阻害につながるでしょう。また親に頼ることのできない若者にとっては、生活の不安定さがアンダークラス(下層)化に直結するなど、経済格差という名の階級社会が到来しかねません。
 不安定な暮らしを余儀なくされている若者たちは、病気や長期失業などのリスクに常にさらされています。そしていざ問題が起きれば、たちまちネットカフェ難民やホームレス生活など社会的弱者に転落してしまう。仮に生活保護を受給できたとしても、最低限度の生活しか保障されず、困窮状態を脱することはなかなかできないのです。
 格差の固定される社会では、貧困の世代間継承が起こります。経済的に困窮する家庭に育った子どもは、大学に通えなかったり、高度な職業訓練を受ける機会を得られず、結果として職業の選択肢がせばまってしまう。あたかも身分が固定化されているかのような「階級社会」が生まれてしまうのです。

家族をつくれなかった人々をいかに支えるか

 バブル経済の崩壊から、失われた20年と呼ばれる経済不況の時代を経て、日本はコミュニティーの形成されにくい社会になってしまいました。不安定な雇用環境が女性の結婚願望を高める一方、男性はいつまでも生活が安定しないため、なかなか結婚に踏み切れないというギャップが存在し続けているのです。
 2010年に私が主査として関わった内閣府の「結婚・家族形成に関する調査報告書」においても、「好きな人と一緒にいたい」「子どもが欲しい」「家族が持ちたい」などの質問項目の男女回答比率がほぼ同数であるのに対し、「経済的安定を得たい」との項目では、女性の回答が40%以上に達し、男性と2倍近い開きがあります。
 つまり専業主婦(もしくはパートタイム労働程度)になって生活の安定を得たいと考える女性と、女性の意識に応えることのできない男性の雇用環境が、結婚という家族形成をさまたげていることが明らかになっているのです。
 高度成長期の若者のように、たくさんの親戚やきょうだいに囲まれ、ほとんどの人が結婚し、家族を形成できる時代は終わりました。家族や地域とのつながりの薄れた現代にあっては、家族をつくれなかった人々の老後に備えて、今のうちから政治や行政が「擬似家族」的な仕組みを用意すべきではないかと感じています。
 現在でも病弱な高齢者向けの公営住宅などは用意されていますが、低収入で孤立してしまった若者や独身の中高年が生活を営めるような住宅は整備されていません。
 使われなくなった学校や集会所など既存の公共施設を活用し、家族なき人々が楽しく交流を深めながら、お互いを支え合っていける「コミュニティーハウス」のような場の設置を真剣に検討すべき段階にきていると思います。

社会全体の意識変革こそ最大の若者支援

 私は社会全体の意識変革こそ最大の若者支援であると考えています。年金や雇用など若者を取り巻く既成概念を打破することが、若者に冷たい社会を克服するカギだと考えているのです。
 たとえば年金では、保険料の掛け金や未納率、将来の年金財政の破綻リスクばかりが議論されがちです。その一方で、年金制度が前提としている「モデル家族(夫がサラリーマンで妻が専業主婦)」の割合が現在どれくらいに留まっているかを詳細に調査した統計は存在しません。
 一生独身でフリーターだったり、サラリーマンをやめて独立するなど、多様なライフスタイルに対応した制度設計になっていないのです。加入者の実情に即していない制度では、議論の中身が枝葉末節に向きがちなのも当然であると思います。
 また雇用のあり方も同様です。企業では新卒一括採用や終身雇用を見直し、人材の活性化を望む経営者が多いのに、一般の正社員では、今のままでいいと考える人が実に多いのです。その背景にはあしき「集団主義」が存在すると考えています。
 オランダなどの欧米では、それぞれの家族事情や希望に応じて労働時間を選べるようになっています。家族を扶養するために長時間働いて高収入を得たい人もいれば、家族と過ごす時間を大切にするため短時間だけ働きたい人もいるのです。
 今、日本でもワーク・ライフ・バランス(仕事と生活のあり方)が盛んに議論されていますが、いちばん大切な「それぞれの希望に応じて働く時間を選べる」ということの議論がなされていません。多様性を認めることが苦手な日本では、皆が横並びの労働時間でなければならないと考えているのです。
 いつまでも若者支援が進まない社会的な背景には、「自分には関係ない」という多くの人々の無関心もあるように感じています。しかし、若者の問題は日本全体の問題ですし、自分の子どもたちの問題でもあるのです。若者がそれぞれの能力に応じて働き、納税や保険料の納付を行えば、国家財政は健全化に向かいます。
 また、旺盛な消費活動によって経済循環も良くなる。さらに若者が自分の将来に希望を抱くことができれば、犯罪率や自殺率の減少にもつながるでしょう。つまり若者の問題は、すべての人々の生活に跳ね返ってくる大切な課題なのです。
 私は若者支援こそが、日本の未来を切り開く重要なテーマの1つだと考えています。

<月刊誌『第三文明』2014年5月号より転載>


やまだ・まさひろ●1957年、東京生まれ。東京大学文学部卒。同大学院社会学研究科博士課程単位取得退学。専門は家族社会学。99年には成人後も親と同居し続ける未婚者を「パラサイト・シングル」と命名し大きなムーブメントを起こす。以来、「格差社会」や「婚活」など、親子や夫婦の関係を読み解きながら、若者が抱えるさまざまな問題を分析してきた。「内閣府男女共同参画会議」の民間議員など公職を多数歴任。主な著作に『パラサイト・シングルの時代』(ちくま新書)、『希望格差社会』(ちくま文庫)、『少子社会日本』(岩波新書)、『なぜ日本は若者に冷酷なのか』(東洋経済新報社)など多数。近著に『「家族」難民 生涯未婚率25%社会の衝撃』(朝日新聞出版)がある。 山田昌弘研究室