あらゆるいのちを守り育む「ふるさとの森」を全国に広げたい

横浜国立大学名誉教授/植物生態学者
宮脇 昭

<シリーズ>自然保護と生物多様性を考える(1)――近年、異常気象を原因とした激甚災害が多発している。相次ぐ災害に、森を防災や環境保全の中心に生かそうとの声が高まりつつある。宮脇昭氏に、森が人の暮らしに果たす役割を聞いた。

究極の生命循環システム「ふるさとの森」

 人類が生まれて500万年、私たちの祖先は「ふるさとの森」とともに豊かな暮らしをつくり上げてきました。土地本来の木々によってつくられるふるさとの森を、神仏の宿る場所と敬い、「鎮守の森」などと呼んで大切にしてきたのです。
 ふるさとの森はいのちを守る生命循環システムの重要な基盤です。シイ・タブ・カシ類などの高木層、モチノキやシロダモなどの亜高木層、アオキやヒサカキなどの低木層が折り重なる「多層群落の森」は、1種類の植物でつくられる単層群落の芝生などに比べて緑の表面積が約30倍もあります。
 そのため、防音・防塵・水質浄化・大気浄化・水源保持・カーボン(炭素)吸着による環境保全など実にさまざまな力をもっています。また豊かな森は、微生物・昆虫・爬虫類・鳥類・魚類・哺乳類など、あらゆるいのちを養います。森の活動がもたらす有機物によって動物のいのちをつなぎ、彼らの排せつ物や死骸は地中のダニ類などによって分解され、豊かな土壌をつくります。そしてバクテリアなどの微生物群は、ミネラルをつくり森全体に循環するとともに、腐葉土の栄養分は川を通じて海に流れ、海洋の豊かな生態系を支えているのです。
 土地本来の木々でつくられた本物の森は、大火事、大津波、大震災、洪水、台風などの激甚災害から人の体や財産を守ってくれます。たとえば、シイ・タブ・カシノキなどの常緑広葉樹は、深根性・直根性であるため、大地に深く根をおろして地震や津波にびくともしません。また葉が厚く密集するため、水分を多く含み、「火防木(ひぶせぎ)」としての役割も果たします。
 実際、1995年に発生した阪神・淡路大震災では、最新のテクノロジーによって建設された陸橋・高速道・新幹線の橋脚が軒並み倒れ、住宅のほとんどが焼失するなか、アラカシやシイノキなど常緑広葉樹が植えられた避難所は無事だったのです。また「緑の防壁」として近隣への延焼も防ぎました。
 そして常緑広葉樹の森は、東日本大震災においても人間のいのちを守りました。「白砂青松」の美観をうたわれた7万本の松林がことごとく流出し、流木が人間や建物を直撃したのに対し、常緑広葉樹は津波に流されることなく生き残っていたのです。たとえば、私が1993年に植樹指導をした仙台市のイオン多賀城店では、タブノキ、スダジイ、シラカシ、アラカシ、ウラジロガシなどが大津波に生き残っただけではなく、流れてきた震災がれきや自動車などを受け止め、二次被害を防いでいます。これこそが本物の森の力なのです。

いのちを守る森の防潮堤

 東日本大震災では死者・行方不明者あわせて2万人近くもの尊い人命が失われました。いまだかつてない大震災に、今も多くの人が悲しみの底にあると思います。しかし私は、「危機こそ大いなるチャンス」との信念を抱いています。この辛苦を未来につなげる糧として、「いのちを守る森の防潮堤」プロジェクトを全国に広げていこうと活動を続けています。
 森の防潮堤では、毒性を除去した震災がれきと土とまぜ合わせ、「ほっこら丘」と呼ぶ巨大なマウンドをつくります。丘の上にはシイ・タブ・カシ類などの高木、ヤブツバキなどの亜高木、ヤツデなどの低木の苗木を、私の考案したポット内で育て、密集して植樹し多層群落の森を育てていきます。木々は直根性・深根性のため下へ下へと中に埋められた震災がれきを抱きかかえるように包んでいくため、津波や地震に対する強度が高まります。
 防潮堤の維持管理についても、最初の数年こそ草取りなどの手入れが必要となりますが、その後は自然の生育に任せていくことが可能です。耐用年数は次の氷河期がやってくるまでの約9000年ですから、経済合理性や実用性の観点からも、比類なき大堤防であることは間違いありません。
 私は森の防潮堤を被災地の南北300キロメートルにわたってつくりたいと考えています。そのためには約9000万本の木が必要です。壮大な計画は一朝一夕に成し遂げられるものではありませんが、幸い多くの方々のご支援によって着実に進められています。なかでも公明党の太田昭宏国土交通大臣は、被災地へ何度も足を運び、現場の意見に耳を傾け、森の防潮堤計画を国の事業として採択してくださったのです。
 そして宮城県・岩沼海岸にある国交省の管轄区画に計画の第一弾となる防潮堤を築き、本年(2013年)7月には市民約700人を招き、7000本の植樹をする式典を開くことができました。震災以来、何度も政府に要請を繰り返しながら計画の進展をみなかっただけに、そのリーダーシップに本当に驚いています。トップが本物なら下もしっかりする。これは生物社会共通の大原則なのだとの感慨を抱いています。

見えないものを見ようとする青年の力に期待

 若き日の私は、「潜在自然植生」理論で世界にその名を知られたラインホルト・チュクセン教授に学びました。恩師は私に「目に見えるものしか見ようとしない若者が多いが、見えているものはごく一部にすぎない。君は目に見えないものを見抜く力こそ養ってほしい。君にはその力があるはずだ」と励ましてくださいました。
 戦後の日本は、焼け野原からの復興を目指して必死の努力を重ねてきました。その一方で、経済効率を重視するあまり、目に見えない精神的な価値や宗教性といった無形の価値を置き去りにしてきた側面があります。たとえば住宅事情をまかなうために、残されていた土地本来の木々を切り倒してふるさとの森を破壊してきました。そしてスギ、ヒノキやマツノキなどの経済効率性の高い木々を代わりに植樹してきた。それが今では国民病といわれる花粉症の原因ともなっています。現在、日本の国土に占めるふるさとの森は、わずか0.06%にすぎません。
 私は、目に見えるものを見ようとするのが科学・技術の分野であるなら、目に見えない無形の価値を受け止めていくのは宗教が担うべきだと考えています。魂も信仰心も目で見ることはできませんが、人の目に見えないもののなかにこそ、いのちを守り育む力があると私は信じています。私がこれまでお会いした創価学会の会員のみなさんは自然の大切さを理解し、そのうえで社会をよりよく変革していくことに熱心です。ですから、学会のもつ〝若き青年の力〟に期待したいと思います。
 人が木を2本植えれば「林」になり、3本植えれば「森」になる。そして5本の木を植えれば「森林」になるのです。全国民が1本の木を植えるだけで1億2000万本の森が育ちます。生物学的に人間のいのちは、女性は130歳、男性は120歳まで延ばすことが可能だと期待されています。私もまだ85歳。人生まだまだこれからです。日本の未来を担う青年のみなさんとともに、本物の森を育てていく運動を今後も続けていく決意です。

<月刊誌『第三文明』2013年11月号より転載>


みやわき・あきら●1928年、岡山県生まれ。広島文理科大学生物学科卒業後、「植物社会学」の創始者ブラウン・ブランケ、「潜在自然植生」理論で知られたラインボルト・チュクセンの研究を受け継ぎ、世界1700ヵ所で4000万本の植樹指導を行う。若き日には文部省科学研究費などで日本全土をくまなく調査し、「日本植生誌(全10巻)」を完成させるとともに、新日鐵やトヨタ自動車、三菱商事など環境意識の高い企業群の植樹活動を支えた。また中国の「万里の長城緑化運動」など世界各国の環境保護活動でも知られる。91年朝日賞、92年紫綬褒章、2000年勲二等瑞宝章、06年ブループラネット賞。07年から(財)地球環境戦略研究機関国際生態学センター長。著書に『植物と人間』(NHKブックス、毎日出版文化賞)、『森の力』(講談社現代新書)など多数。