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仕事・家族・教育の関係を結びなおし 誰もが幸福になれる社会を

東京大学教授
本田由紀

 とどまるところを知らない格差の広がりや、若者の生きづらさの原因はいったいどこにあるのか。教育社会学の視点で社会問題に向き合う本田氏に話を聞いた。

戦後日本型循環モデルの破たん

 戦後の日本社会は、仕事と家族と教育が足並みをそろえて急速に近代化するという極めて特異な経験をしました。あたかも3つの関係が循環するように回転し、高度経済成長期の日本を、拡大家族型の農村社会から核家族化の都市社会へと変貌させていったのです。
 私はこの回転を「戦後日本型循環モデル」と名づけています。

戦後日本型循環モデル

戦後日本型循環モデル


 たとえば仕事は、正規雇用による年功序列型賃金体系のもとで、家庭に給料を届ける役割を担い、家庭は得られた収入を高学歴や社会的地位を得るための膨大な教育費へ投じる。そして教育は、新規学卒一括採用の名のもと、若い労働力を仕事の世界へ送り出すことのみ担ってきました。政府の役割は限定的で、産業政策などによって仕事の枠組みを調整・補完するものにすぎなかったのです。
 問題は、循環のモデルが極めて一方向的に固定化されていることと、循環それ自体が自己目的化してしまった点にあります。

 仮にこのモデルのもとで非正規雇用となってしまえば、低賃金で家庭を築けず、あるいは子育てに取り組むこともできなくなり、結果として循環の枠組みからこぼれて、極めて不利な状況に追いやられてしまいます。また、そもそもこの循環の中では、お父さんは会社で働き、お母さんは家事に専念し、子どもは学校で勉強し続けるという画一化した役割を演じ続けなければなりません。
 人間は何のために働き、なぜ愛する家族とともに暮らし、どう社会の中で生きていくのか、といった人生の意義や多様な価値観が見失われがちなのです。

3つの循環を結び直す

 近年、格差社会の広がりが指摘されるようになりました。背景には、少子高齢化における人口構造の変化や世界経済のグローバル化による戦後日本型循環モデルの劣化があげられます。また、人々の暮らしを守るべき政府が、財政状況の逼迫などを理由に、有効なセーフティーネット(暮らしの社会保障)を構築できない点にあると考えています。
 これからの日本は、団塊世代の高齢化などさまざまな社会問題に直面します。数多くの課題を克服し、厳しい立場に置かれた人々の暮らしを守るためにも、社会制度を再設計し、仕事・家族・教育の関係を結び直していく必要があるのです。
 簡潔に言えば、戦後日本型循環モデルの3つの矢印を一方向的なものではなく、双方向型に変えていくことと、3つの循環からこぼれおちてしまった人々を受け止める「2つの布団」を国が用意することです。
 まず3つの循環の矢印を双方向型に変えるとは、たとえば若い労働力を供給する役割のみ担っていた教育が、失業した人々の職業訓練や学び直しを積極的に引き受け、可能なかぎり自立を支える仕組みへ変えていくことです。
 また2つの布団とは、1つには生活保護制度のようなセーフティーネットを3つの循環の周囲に張り巡らせ、生存と安心を保障すること。もう1つは、生活保障を得られた人々が再び社会へ戻って活躍していけるよう、職業訓練のようなアクティベーションの制度を国が用意することです。

仕事と家庭と教育を変える

 戦後日本型循環モデルの破たんを乗り越えるためには、新しい仕事と家族と教育のあり方を模索していく必要があります。まず仕事でいえば、これまでの過重労働やサービス残業など、会社のために際限のない貢献を要求される働き方を改める必要があります。
 具体的にはジョブ(職務)型に基づく「限定正社員」の仕組みを実現し、業務内容・勤務地・労働時間を明確化して多様な働き方を広げていくのです。もちろん解雇ルールは厳格に運用し、安易な首切りをさせないよう注意すべきですが、働き方を変えることができれば、家庭のあり方も自然に変わってくるはずです。仕事にゆとりが生まれれば子育てや介護など家庭に関わる時間ができるためです。
 日本の家庭は、諸外国に比べて子育てや介護など多大な負担を求められています。先進国の中では日本の教育への公的支出が最下位となっていますし、介護保険制度が発足してからも、主な介護者が身近な親族であるという厳しい現実があります。このことが女性の社会進出を妨げる要因の1つともなっています。
 現在の日本は男性の働きだけで支えられる社会ではありません。女性の社会参加を促すためにも、女性のケア負担を軽減するための保育施設や介護施設をこれまで以上に国が整備すべきです。
 教育のあり方も抜本的に見直すべきです。これまでの日本の教育は、子どもたちの価値を偏差値で輪切りにし、垂直の評価軸を設け、上からランキング化するものでした。その後、過度な受験競争への反省から、「人間力」や「基礎的汎用的能力」といった新たな評価軸が設けられるようになりましたが、人間の価値を他者と比較して相対化し、序列化している点ではほとんど変わりはありません。いわば、学力という垂直軸のとなりに、もう1つ名を変えた垂直軸が立てられているにすぎないのです。
 全ての子どもたちの個性を伸ばし、才能を輝かせていくためには、真に職業的意義を持つ教育を社会全体で考えていくべきです。子どもたちが自分に適した仕事を見つけ、違法な働き方に対してはしっかり自分の権利を主張できるような「適応」と「抵抗」の力を身につけられるよう、学校教育を変革していくべきだと思います。

社会の多様性を守れ

 
 この数年、日本社会は明らかにゆがみはじめています。自分より弱い立場にある人々に対して「無能で邪悪な存在」だとレッテルを貼り、たたきのめすことが平然と行われているのです。東京・新大久保などでの特定の民族に対するヘイトスピーチ(憎悪演説)などはその象徴でしょう。
 社会の中から共生やダイバーシティ(多様性)の価値が失われてしまえば、日本はますます活力をなくして衰退していくはずです。その意味で、いま私たちが最も大切にしなければならないのは、お互いの価値観や生き方を尊重しつつ共生していくことなのです。
 アベノミクスを訴えて総選挙に勝利した安倍政権は、これまで以上に経済効率や軍事力強化、人権剝奪をすすめる政治を行うでしょう。福祉の党として弱い立場の人々に寄り添ってきた公明党には、いまこそ政権のブレーキ役としての役割を発揮し、社会の多様な価値を守り抜いてほしいと願っています。

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ほんだ・ゆき●1964年、徳島県生まれ。独立行政法人「日本労働研究機構」(現労働政策研究・研修機構)研究員、東京大学社会科学研究所助教授などを経て、2008年から現職。専門は教育社会学。著書『多元化する「能力」と日本社会』(NTT出版)で第6回大佛次郎論壇賞奨励賞を受賞。近著に『社会を結びなおす――教育・仕事・家族の連携へ』(岩波ブックレット)、『もじれる社会――戦後日本型循環モデルを超えて』(ちくま新書)がある。