子育てを頼り合える社会にするために

株式会社AsMama 代表取締役CEO
甲田恵子

「頼り合える子育て」の環境づくりをすすめる「AsMama(アズママ)」。顔見知り同士が安心して気兼ねなく子育てをシェアできる仕組みとその可能性とは。

ワンコインからの「子育てシェア」

 私たちAsMamaがすすめる「子育てシェア」とは、かつては当たり前だった近所付き合いを、今の時代に合わせてチューニングしたものです。簡単にいえば、「子育ては頼り合うほうがいい」ということを知っていただき、参加してもらう活動を行っています。
「子育てシェア」の仕組みは簡単です。まず、パソコンか携帯電話から登録。登録費や年会費などは無料です。このとき、園や学校の情報を入力すると、自動的にAsMamaに登録している同じ園や学校の親が表示され、つながることができます。
 そして、急な残業や通院など、助けが必要になったとき、理由や時間、食事の有無など必要事項を記入して、お願いしたい人たちに一斉送信。「OK」と返信をくれた中から、条件がいちばん適した人へお願いをすると、ほかの方全員に「この問題は解決されました。ありがとうございました」という内容のメールが自動的に送られます。そのため、誰に頼んだかを知られることもなく、もちろん都合が悪ければ返信をしなくても大丈夫です。身近に知り合いがいない場合や誰も都合がつかないときでも、AsMamaでお預かり研修をした「ママサポーター(通称ママサポ)」と呼ばれる地域の子育て支援者がサポートしてくれます。
 送迎や託児を依頼時の利用料は、謝礼として1時間500円から。利用者が助けてくれた方に直接支払います。
 知り合い同士でお金を払うのか、という声もありましたが、「お金を払うほうが遠慮せずにお願いできる」「わずかな金額でもやりがいになる」という声のほうが多数です。というのも、日常の中で預かってもらうことがあった場合にも何かしらのお礼をしないわけにはいきません。そのたびに何かを買っていったり、お礼の品で悩んだりと、お互いが気を使います。
 また、「○○ちゃん家のお礼は△△のチョコだったらしい」といった情報が伝われば、わが家はどうしようと悩んでしまい、その結果、預かってもらうことがためらわれるケースもあります。持続可能なシステムにするために、なるべくシンプルで使いやすくしたかったのです。
 直接お金をお渡しするのは気が引けるという方もいますので、支払い方法についても、現金だけでなく、クレジット決済ができるようになっています。
 万が一に備えて、対人・対象・アレルギーによる事故を対象に最大5000万円の損害賠償責任保険も付きますので、預けるほうも預かるほうも安心できる仕組みになっています。
 最近では個人情報のことを気にされる方もおられます。近年のネットを介した事故などを考えると不安に思う方がいることも当然です。私たちももちろん、高いセキュリティーで情報を保護しています。しかし、近所でお互いを知ることで得られるメリットも多いと思います。「知られない安心」ではなく、「知られることの安心」もあるということも覚えておいていただきたいですね。

アンケートから活路を見いだす

 私は元々、野心的なほどに強いキャリア志向を持っていました。起業前のサラリーマン時代は仕事と育児の綱渡りの毎日で、当時4歳の娘の迎えをどうするかで夫と口論することもしばしば。そんな中、会社の業績不振のため、離職することになりました。そこで目の当たりにした、子どもがいる女性たちのおかれた困難さと社会の矛盾……。その思いをブログやSNSに綴りました。
「子育てを生活軸にしながら、人の役に立ったり、仕事をしたいと思う人がいる。子育てを頼れる人がいれば、もっと働いたり、やりたいことがある人もいる。この人たちが、安心して気兼ねなくつながる何かができたら、子育ても仕事もやりたいこともお互いがもっと楽にできるんじゃないかな? 社会も変わるんじゃないのかな?」と。すると、驚くほどの反響があったのです。求める声が多いのなら、支援してほしい人と支援をしたい人を結ぶ仕組みをつくろう。私が社会を変えていこう! と起業を決めました。
 しかし、どうしたらビジネスになるか明確な方法は見えていません。そんな中、「本当に誰の、何をどうすれば社会が変わるのか」を知るために泣きながら行った街頭1000人アンケート。これがその後の大きな転換点となりました。とはいえ、決して平坦な道のりではありませんでした。毎日街頭に立ち、声をかけるもなかなか応じてくれません。近づくと目をそらして去られたり、警察官に職務質問されることもありました。
 しかし、アンケートをやり終える頃には本当に課題を抱える子育て世帯のニーズと、自分たちが担うべき役割が見えてきました。
 アンケートでは、仕事を持つ、持たないにかかわらず、ほぼ全員が「助けてほしいと思ったことがある」と回答。一方で「困っている親がいたら助けてあげたい」と答えた人も63%いました。
 でも頼り合わない。では、どういう状況なら頼り頼られたいのか。その最多の答えが「顔見知りであれば」でした。それならAsMamaがその手伝いをしたらいいのではという考えに至ったのです。そこでスタートしたのが、どんどん顔見知りになって送迎や託児の地域救世主である人をママサポとして見える化し、育成する「ママサポーター・プロジェクト」です。
「子育てシェア」は、基本的には顔見知り同士で行うことにしています。頼り合える人が少なくて不安な人や、引っ越してきたばかりで、近所に誰も知り合いがいないという場合は、近くに住むママサポと面談をしたり、イベントに参加して知り合いになってから利用していただいています。

ビジネスは思いでつながる

 私たちは子育て世帯からはいっさいお金はいただいていません。そこでよく聞かれるのが、どこで収益をあげるかということです。
 そのヒントもやはりアンケートにありました。ママたちは子どもの病気や食事など、衣食住に役立つ情報を求めていたのです。
 そこで、企業には専門性を生かしてママの求める情報を提供してもらい、私たちはその場所を提供、ママたちは有益な情報を得られるといった「Win-Win-Win」の取り組みにたどり着きました。企業にとっては自社の宣伝効果につながりますし、ママたちは経済的負担がなく、生活や子育てに有意義な情報を得られるとともにママサポと会えたり、ご近所同士で仲よくなる機会にもなります。私たちも活動資金を得られ、活動の取り組みを知ってもらうことができます。こうした交流の場づくりを企業や行政、商業施設などとタイアップすることで、活動資金を得ています。
 今後は、この「子育てシェア」をすでにコミュニティーがありながら実は繋がっていない幼稚園や保育園、マンション、習い事教室などに広げていくつもりです。
 創立当初からの懸案事項に、損害賠償責任保険がありました。安心して利用するためには、保険制度は欠かせなかったのです。
 引き受けてくれる会社を探すため、保険会社という保険会社に何度も足を運びました。しかし、どこの保険会社も「一般の方同士の預かり合いのリスクは高すぎる」と対応は同じでした。ただ、保険会社の方がおっしゃることは業界の常識で、論理的でもあり、「そこを何とか」とお願いするしかありませんでした。
 それでも年間何百と地域交流を開催しても無事故であることや、実際に預かっている写真を見せて、お子さんを預かるときの危機管理意識の高さを知ってもらうなどの活動を続けていく中、将来性と可能性に理解を示してくれた大手損害保険会社が現れました。そして、昨年、日本で初めて「謝礼のある預かりあい」に対する損害賠償責任保険がかけられたのです。
 利用者間の謝礼の受け渡しにクレジットカード決済が利用できるようになったのも、私たちの活動に共感してくださった会社があったからです。
 多種多様なパートナー企業なども含め、「子育てシェアを日本の子育てインフラにしたい」という私たちの思いへの賛同が広がっているのを感じています。
 現在、2016年までに月に1万円ほど稼げるママサポを1万人に増やしたいと考えています(2013年12月現在、約300人)。
 単純計算で1万人のママサポが誕生すると、年間1億2000万円の経済効果を生みます。さらにママサポを頼ることで働くことができる母親や父親の経済効果を考えると、ママサポの力は大きいと思います。何より、これまで専業主婦だった方が働く自信と誇りを持つことができます。
 また、今AsMamaを支えているのは、子育て世代が中心ですが、今後は、シニア世代にまで広げていきたいと考えています。先輩世代の知恵、考え方を学び、次世代につないでいくこともできますし、ライフスタイルの違う世代が加わることで、子育てシェアの可能性も広がると思うからです。
 子育てシェアが社会インフラとなって多くの人が利用し、その活動を知ることになれば、「子育ては頼ってもいいんだ」という文化が根付いてくるはずです。頼り合えることで、1人ひとりの可能性を伸ばすことができる、そんな社会を築いていきたいと考えています。

<月刊誌『第三文明』2014年4月号より転載>


こうだ・けいこ●フロリダアトランティック大学留学を経て、関西外国語大学英米語学科卒。同年4月環境省他、8省庁の管轄部門(当時)特殊法人環境事業団入社。ニフティ株式会社、ngi group株式会社を経て、2009年11月子育て支援・親支援コミュニティー、株式会社AsMamaを創設し、代表取締役CEO就任。1女の母。子育てシェア AsMama