熟議を重ねたマニフェストを策定し、善政の競争を

早稲田大学大学院公共経営研究科教授
北川正恭

政治はどうビジョンを作り、示すべきか。今後の中央と地方のあり方とは。

※この記事は2012年12月に行われた総選挙の前にインタビューしたものです。

マニフェストに対する検証・批判を

 高度経済成長期における政治の主な仕事は、富の分配でした。国にお金があったため政治のほうが供給サイドになり、強い立場にあったといえます。そのため有権者は政治に対して陳情し、富の配分にあずかる弱い立場でした。
 しかし今は、低成長、無成長の時代です。政治行政の役割は「富の分配」から「負担や不利益の分配」へと変化しました。皆で負担し合って弱者を助ける社会を作ることこそ、民主政治の目指すべき姿だといえます。
 そのような変化の過程のなかで、2009年の政権交代が起こりました。民主党はマニフェストを提出して政権交代を果たしたわけですが、政策への期待だけで選挙ができる野党と違い、与党は実績で厳しく評価されます。
 民主党は政権獲得前、マニフェストで「消費増税はやらない」と言っていたわけですから、これについてはマニフェスト違反にあたります。マニフェストは有権者との契約です。これを簡単に反故にしてしまえば、有権者は何を信じればいいのかわからなくなってしまいます。
 民主党は、マニフェストの自己評価を十分に行ったうえで、反省・謝罪をするべきでしょう。そしてけじめとして、できたこととできなかったことを有権者に対して説明しなければいけません。
 実行できないマニフェストが批判を受けることは、日本の民主政治の向上のために非常によいことだと思います。国民の側がしっかりとマニフェストを検証し、できなかったことに対して批判をする。そしてこれに応えられない政権は交代させていく。こうした作業を繰り返していくことで民主政治は成熟していくのです。

熟議と情報公開の重要性

 09年の選挙の際、自民党がマニフェストを相手に真似されないように選挙直前まで隠したことに対して「後出しジャンケンだ」との批判がありました。このような政党の姿勢を見ていると、そもそも政策で勝負する気がないのだなと思えてきます。
マニフェストは本来、少なくとも1年以上の時間をかけて作り上げていくべきものです。アメリカの大統領選では1年かけて徹底的に政策などが練られます。イギリスでも同様です。鮮度やムードに左右され、後出しなどやっている日本の状況は、政党が成長していないことを証明しています。
 マニフェスト作成にあたっては、もっと政党のなかで徹底的に議論し、その議論の内容を国民に向けて情報公開すべきなのです。そうすることで、マニフェストに対する信頼性も高まります。
 そのうえで、マニフェストは〝ロケットスタート〟させていけるかどうかが大切です。練り上げたマニフェストを掲げて選挙に臨むわけですが、選挙に勝った場合、はじめの3ヵ月以内にロケットのように一気にスタートするのが常識です。
 ところが日本では、民主政治の制度的な問題が障害となってロケットスタートできない状況になっています。その1つは、ねじれの構造です。せっかくロケットスタートしても参議院で否決されたら通りません。マニフェスト政治を健全なものにするためにも、現在の2つの院のあり方も抜本改正が必要だと思います。

地方分権の流れは止まらない

 今後の日本の構造改革を考えたとき、もはや分権への流れを止めることはできないでしょう。
 今、分権を進めるため地方の形を整える1つのやり方として、広域連合方式が提案されています。関西広域連合や九州広域行政機構がそうですが、これが今、法案化に向けて議論が進められているところです。
 ただ、道州制実現への道のりはまだまだ遠いのが現状です。
 分権が進む過程では「国vs.地方」の問題があります。しかし、「都道府県vs.市区町村」の争いも、じつは切実な問題なのです。都道府県と市区町村は、国と地方の関係よりもうまくいっていないケースが多く、市町村からすると、都道府県に権限が移るよりはまだ国のほうがましだと見ているところもあります。
 もう1つはわれわれ、有権者の意識の問題もあると思います。国のガバナンスが法律的には変わっても、人の意識や既存の制度、慣行といったものは根強く残っているためになかなか進みにくいという状況があります。
 そもそも、地方分権への流れが明確になったのは、1990年代の政治改革運動のときでした。このとき、選挙制度改革とともに地方分権が打ち出されています。
 導入された小選挙区制度は1人しか当選できませんから、最多数の支持を集めなければ勝てないシステムです。かつてのように、ある1部の人や団体のために利益誘導型の政策をやっているだけでは、最多数の支持は得られません。必然的に、タックスペイヤー(税金を払う側の住民)に説明責任を果たせる政治家でなければ勝ち抜くことはできない。利益誘導型、属人的な選挙から政策中心の選挙にするという思想が、小選挙区制導入の背景にあります。
 これまでは、政治はタックスペイヤーよりも、タックスイーター(集めた税金を配分し使う側)のほうしか向いていなかったといえるでしょう。国と地方の関係でも同じことがいえます。国から補助金や地方交付税をもらう一方で、国や国会議員の言うことを聞くという関係性からは、生活者視点の政治は生まれてはこないでしょう。
 陳情合戦ではなく政策合戦へ、権力の供給側ではなく需要側の視点からの発想へ――。こうした意味において、選挙制度改革と地方分権は同じ思想のもとに行われたのです。
 こうした方向性は今後も続くでしょう。現行制度も完全ではありませんから、制度も更新していかなければなりません。それとともに、私たち自身の考え方もアップデートし続けていく必要があります。

求められる「覚悟」

 何より、地方分権に向けて問われていることは、地方の「覚悟」だと思います。中央依存から分権自立に切り替えていくわけですから、覚悟が必要です。具体的には、自分たちで条例を制定し、その条例に従って地域作りをしていく気持ちを持たなければいけません。
 日本のマニフェストは、ローカルマニフェストから始まりました。数人の知事仲間から始まったローカルマニフェストの運動が注目され、それが評価されて現在のように国政でのパーティーマニフェストにまで普及しました。
 しかし中央集権下では、地方は国の来年度予算や地方財政計画に従ってやっていくしかなかったため、基本的には首長がマニフェストを書くことはありませんでした。それが分権になると、必然的にローカルマニフェストを書かないといけなくなります。それを政党として真正面から取り組んでいるのが公明党です。
 私が所長を務める早稲田大学マニフェスト研究所では、地方政治の先進的な取り組みを表彰する「マニフェストアワード」を毎年開催し、2012年で7回目を迎えました。
 初年度は221件の応募でしたが、今回は1889件にまで増えました。そのなかで公明党の横浜市議団が優秀成果賞を獲得しています。
 今まで議会が議員提案で条例を作ったということはありませんでした。公明党の横浜市議団による横浜市市民協働条例の取り組みは、非常に先駆的な例として評価しています。
公明党は地方分権の具体的な指示が党本部からも出ており、地方の受け皿もしっかりできている。地方分権がいちばん進んでいる政党です。
 日本のガバナンスを決定的に変えていくのが分権です。「国から地域を変えてもらう」という受け身の発想をやめ、地方自ら変わっていくときが今まさに到来しているのです。

<月刊誌『第三文明』2013年1月号より転載>


きたがわ・まさやす●1944年生まれ。早稲田大学商学部卒業後、72年三重県議会議員(3期)、83年衆議院議員(4期)、95年三重県知事当選(2期)。「生活者起点」を掲げ、ゼロベースで事業を評価し、改革を進める「事業評価システム」や情報公開を積極的に進め、地方分権の旗手として活動。達成目標、手段、財源を住民に約束する「マニフェスト」を提言。2003年退任。現在、早稲田大学政治経済学術院大学院政治学研究科公共経営専攻(公共経営大学院)教授、「新しい日本をつくる国民会議」(21世紀臨調)代表。09年地域主権戦略会議構成員。北川正恭オフィシャルウェブサイト