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政権交代5年の明暗――「対決」の野党と「合意形成」の与党

ライター
松田 明

政権安定のカギは公明党

 2012年12月26日に第2次安倍内閣が発足して満5年。自公連立政権は6年目に入った。
 この間、いずれの選挙でも、とくに10代から30代の若い世代が顕著に与党を支持してきた。多様な情報をキャッチし、就職や子育てに直面する世代ほど、政権担当能力にシビアな審判を下し、自公政治の安定を望んできたといえる。
 自民党と公明党は政党の来歴も性格も大きく異なる。その両党が忍耐強く合意形成を積み上げながら政権を運営してきたことで、非常に幅広い多様な国民の声に政治が耳を傾けるようになった。
 軽減税率の導入、給付型奨学金の本格実施や保育受け皿の拡充、低所得世帯での幼児教育無償化、中小企業への支援など、政治の目配りする視野が明らかに変わってきた。
 また自公の〝二枚看板〟は、外交面でも効果的に機能した。
 その顕著なものが中国と韓国だ。政府間がナーバスな状況にあるときでも、両国と信頼の厚い公明党の山口代表が行けば、先方のトップが笑顔で応じ対話が成立する。
 この5年間の日本外交をふりかえるとき、公明党の政党外交が果たした役割は非常に大きい。
 じつは2012年の政権交代直後の「公明新聞」は、こう記している。

 公明党はこの民意を真正面から受け止め、政治の立て直しに全魂を注ぐ。キーワードは「合意形成型政治の確立」だ。(2012年12月28日「主張」)

 自公連立政権の安定ぶりと成果は、まさにこの「合意形成型政治の確立」がもたらした果実だといえるだろう。

「もう勘弁してほしい」

 一方、この5年間をふりかえって、野党は見事にその〝逆張り〟を繰り返した。
 旧民主党は、本気で二大政党制をめざすのならば、風頼みではなく10年、20年というスパンで政権奪還の戦略を練り、多様な意見を包摂し、人材を育て、自民党に対抗できる政党へと自らを鍛え上げるべきだった。
 だが、歴代の執行部はそうした視野に立たず、内輪の対立とエモーショナルな政権批判に終始した。
 あげくの果てに総選挙の直前に分裂し、今また目先の選挙だけを考えて離党者が止まらず、一方で合流だの再結集だのと言い募っている。
 民進党の大塚耕平代表は12月、三重県での講演で悲憤とも悲鳴ともつかぬ本音を漏らした。

 私たちには野党病があります。持論に固執して合意を共有できない。それを(民主党時代に)政権をとった時にやっちゃったんですね。で、意見が違うからといって分裂しちゃった。それを是正できないうちにまた下野をして野党病をやっている。(朝日新聞12月17日付

 率直に申し上げて、「あいつと一緒になるのがイヤだ」とか、また衆院の中で議論が行われているんです。もう勘弁してほしい。(同)

共産党が煽った愚かな手法

 この野党の迷走については共産党の罪も非常に重い。
 共産党の党勢が、たった一度だけ瞬間的なピークを迎えたのは1996年。当時の社会党が消滅した年の総選挙で726万票、26議席を獲得したときだった。
 だが21世紀に入ると、9議席が3回と低迷を繰り返す。2004年の綱領改定でようやく日本国憲法の全体をとりあえず承認することにしたものの、効果なく8議席へと凋落。
 それが2014年に一気に606万票を集め、21議席に伸びた。
 見てわかるように、共産党が〝躍進〟した2回の選挙は、当時の社会党あるいは民主党という野党第一党が、いずれも民意を得られなかったときなのだ。
 行き場のなくなった不満票が共産党に流れただけで、国民が共産党の理念や政策を評価したわけではない。
 だが共産党はここから〝野党の盟主〟であるかのようにふるまうようになる。
 ヒステリックに「戦争法案」と絶叫した平和安全法制があっけなく成立すると、今度は荒唐無稽な「国民連合政府」構想を掲げて野党共闘を強引に主導した。
 ともかく〝アベ政治を終わらせる〟ためだけに政党の理念も国家像も横に置く――。こんな共産党の情緒的な煽動に乗ることが、どれほど愚かな選択であったか。
 それは野党が今どんな姿になっているかを見ればよくわかる。
 煽った共産党自身が、先の総選挙では得票を440万に激減させ、前回20あった比例獲得議席は約半分の11になった。
 つまり共産党の〝履いていた下駄〟が脱げて、本来の党勢があらわになってしまったのだ。

世界が直面している選択

 共産党が今も党綱領に日本国憲法とは相いれない「革命」「社会主義体制」を掲げるのは自由だし、それを支持したい人は支持すればいい。
 一般論として、野党が与党を脅かす存在でなくなるより、常に政権側が緊張感を強いられ、かつ多様な国民の声が政治に反映されるほうがいいに決まっている。
 問題は、日本の野党がいまだに「対決型」の思考から抜け出せていないことなのだ。ことあるごとに政権との対決に執着し、野党の内部でも排除と分裂に明け暮れている。
 新聞やテレビも、ともすればそういった派手な〝政局〟ばかりに報道の焦点を置いてきた。自分たちがこの国の政治をどれだけ劣化させてきたと自覚しているのだろうか。
 今や大きく見れば世界全体が、「対決型」思考と「合意形成型」思考のいずれの道が賢明なのかという問題に直面しているといえる。
 自公連立政権が安定している最大のカギは、個別のイシューではかなり利害や意見が分かれる議員を抱えながらも、合意形成がきちんとできるからなのだ。
 もともと自民党にはそういう伝統があったところに、公明党がその合意形成の能力を格段に向上させた。
 対する野党は、先述の大塚代表の嘆きに象徴されるように、民主党時代から合意形成の能力を欠き、「対決だけが正義」のような共産党につけこまれた。
 そこに5年間の明暗があったことを、よくよく考えてもらいたい。

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