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安保法制の運用上のポイントと公明党の役割

九州大学名誉教授
藪野祐三

 安保関連法成立を受けて、今後詰めるべき運用上のポイントとは何か、九州大学名誉教授の藪野祐三氏に聞いた。

軍事能力よりも問われる外交能力

 9月19日(2015年)、参議院で安全保障関連法が可決・成立しました。
 安全保障については①日本近海②中東③地球全体――という3層構造で考える必要があります。
 まず第1に、日本近海では中国や韓国・北朝鮮などアジア諸地域との関係があります。日本近海に海上自衛隊が出動し、近隣諸国と本格的に軍事衝突する可能性は、現実の国際情勢のなかではほぼ100パーセントありえません。日本近海で紛争が起こりうるとすれば、海上保安庁の船との小競り合いぐらいです。
 2010年9月、尖閣諸島の周辺海域で、中国の民間漁船が海上保安庁の巡視船に衝突してきました。あのときは海上保安庁が中国人船長を公務執行妨害で逮捕し、那覇地検石垣支部に送検しています。
 尖閣諸島海域に不法侵入した漁師を逮捕したものの、そこからどうすればいいのかという外交能力を民主党政権は持ち合わせていませんでした。結局このときは、いったん逮捕した船長を起訴せず本国へ強制送還しています。
 あのような小競り合いが日本近海であったとしても、逮捕するのは海上保安庁の役割であって、海上自衛隊の出る幕ではありません。尖閣諸島周辺での小競り合いが多少こじれたとしても、中国海軍と海上自衛隊の軍事衝突までは発展しないわけです。そんなことをしたところで、中国にとってメリットはありません。
 中国が海洋進出を進めているフィリピンの南沙諸島にしても、やはり同様です。中国はプレゼンス(存在感)を強めているものの、中国とて軍事的脅威を振りかざしてアジア諸国と真正面からぶつかりたいわけではありません。あくまでも経済的圧力を基軸として、アジアにおけるプレゼンスを強化しているわけです。竹島の領有権を主張している韓国も、日本との軍事衝突を望んでいるわけではありません。
 東アジアにおける安全保障の現状を見る限り、安倍政権に求められているのは軍事能力ではなく、あくまでも外交能力です。いざこざが生じたときに、いかに平和的な外交交渉によって問題を解決するか。
 10月7日に発足した第三次安倍政権では、「一億総活躍担当大臣」が新たに誕生しました。外務大臣をサポートする役割として、今後「外交能力担当大臣」を新たに誕生させたり、「外交能力大学」をつくってもいいのではないでしょうか。尖閣諸島や南沙諸島、竹島で何か問題が起ころうとも、日本が軍事能力を持ち出す必要はありません。外交能力によって問題は解決できるのです。

ホルムズ海峡での機雷掃海はありえない

 第2に、中東での安全保障について考えてみたいと思います。2014年7月1日、自公政権は集団的自衛権を限定的に行使する際の「新3要件」について閣議決定しました。〈我が国に対する武力攻撃が発生したこと、又は我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険があること〉などの項目があります。
 安倍首相は集団的自衛権行使の可能性について、中東・ホルムズ海峡での機雷掃海を例に挙げて説明してきました。2015年9月14日、公明党の山口那津男代表は安保法制の国会論戦のなかで、安倍首相にこの点について問いただしています。安倍首相は「現在の国際情勢に照らせば、現実の問題として発生することを具体的に想定していない」と答弁し、前言を翻す格好になりました。
 ホルムズ海峡のシーレーン(海上交通路)に中東諸国が機雷を設置するという事態は、現実的にはありえません。中東の石油産出国にはビジネスがありますから、そんなことをして石油が売れなければ彼らも困ってしまうわけです。
 友達(friend)であり、なおかつ敵(enemy)でもあるという意味の「フレネミー」という造語があります。アメリカと中国はまさに「フレネミー」の関係です。アメリカは中国の軍事的拡大を望まず敵対的ですが、経済的には米中は友好関係を保っています。その米中が真正面から軍事衝突するメリットは何ひとつありません。
 中東諸国と多くの国との関係も、まさに「フレネミー」です。ホルムズ海峡でひとたび軍事衝突が始まれば、容易には停戦できないでしょう。石油の流通が止まれば、石油を売る側も買う側も皆が困ってしまいます。軍事衝突が起きようがないホルムズ海峡で日本が集団的自衛権を運用という話は、想定自体がおよそ現実的ではありません。
 第3に、アフリカなど地球の反対側でIS(「イスラム国」)による紛争が発生したり、アメリカの後方支援をする必要が生じた場合はどうでしょう。仮に必要だとしても、万単位の自衛隊員を地球の反対側に運ぶほどの事態が生じるとは思えません。大きく見積もってもせいぜい千人単位の部隊が出動するだけでしょう。
 合計24万人いる自衛隊員を丸ごと地球の反対側に派遣するという事態は、100パーセントありえません。これだけ巨大な規模の部隊による海外での活動に、持続的に兵站(兵器や物資の調達)を確保する戦略も予算も日本にはないわけです。
 日本人がISなどのゲリラに拉致監禁されたとしても、自衛隊が軍事的作戦によって救出することはできません。かつてイラクで日本人が拉致されたときにも、自衛隊は使わず、さまざまな外交ルートによって救出を模索するほかありませんでした。
 このように、①日本近海②中東③地球全体――という3層のどれを考えても、集団的自衛権を行使する可能性は極めて低いのです。

ISによるテロ対策を強化せよ

 安保法制への反対派は「太平洋戦争のような戦争が再び起きる」「戦争法案には絶対反対」とばかり叫んで議論が先に進みません。賛否についてはさまざまな意見がありますが、すでに国会で安保法制は成立しました。そうであるならば、賛成派も反対派も安全保障の現実を見据え、安保法制の運用について建設的な議論に努めるべきではないでしょうか。
 イラク・サマワでのPKO(国連平和維持活動)の活動を含め、自衛隊はこれまで戦闘行為による死者を1人も出していません。1993年にカンボジアでのPKO活動中に警察官が銃撃されて死亡した例はありますが、自衛隊員は戦闘による死者を出していないのです。
 今後PKOなど海外での活動に自衛隊が出動したときに、どうやって具体的に安保法制を運用していくのか。兵站をどう確保し、平和裏に活動を進めていくのか。野党はいたずらに反対ばかりせず、前向きな議論をするべきです。
 また安保法制が通ってから、国内と沿岸部の治安強化がさらなる課題となりました。ISを名乗る組織が日本を敵国と見なし、10月3日(2015年)にはバングラデシュで日本人を銃撃して殺害しています。海外在住の日本人がテロに見舞われる可能性は増していますし、国内の繁華街でISに無差別自爆テロを起こされてはかないません。
 安保法制が通った今、詰めるべき運用面での議論は山積みです。国内治安の強化も、手をこまねいてはいられません。与党・公明党には、今こそ平和の政党らしい活躍をしてほしいと期待します。安保法制については、運用面についてさらに慎重に詰めていける余地を残しているのです。
 与党内協議や国会論戦を通じ、公明党は自民党のブレーキ役を果たしてきました。公明党には、これからさらに自民党にモノ申す態度で頑張ってほしいと思います。「自民党にモノを言える政党」公明党の発言力が、いよいよ高まっているのです。

<月刊誌『第三文明』2015年12月号より転載>


やぶの・ゆうぞう●1946年、大阪市生まれ。政治学者。専門は現代政治分析、国際関係論。大阪市立大学法学部助手などを経て、九州大学大学院法学研究院教授に就任(2010年3月に退官)。多数の公職を兼任するとともに、政府や政党に対してさまざまな政策提言を行ってきた。九州朝日放送の番組などにコメンテーターとしても出演。著書『アジア太平洋時代の分権』『失われた政治』など多数。14年4月、特定非営利活動法人 国境地域研究センターを設立。理事長(センター長)に就任。