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覇権の時代を平和のネゴシエーターとして生き残る

九州大学名誉教授
藪野祐三

アジアの安定を図るために、日本がすべきこととは何か。

なぜアジア各国は覇権を求めるのか

 近年、西沙諸島や尖閣諸島など、東アジアの領土を取り巻く問題が緊張を続けています。この問題を読み解くには、東アジアの歴史を踏まえる必要があるのではないかと思います。
 私は戦後の東アジアは3段階に分けられると考えてきました。第1段階は、戦後から1970年代までの植民地支配からの脱却を目指した時代です。自立した国家建設を掲げ、インドのネール、マレーシアのラーマン、シンガポールのリー・クアンユー、中国の周恩来など、強力な指導者が、アジア各国に登場してきた時代でした。
 第2段階は、80年代から20世紀の終わりにあたる高度経済成長時代です。強力なリーダーシップにまとめられた東アジア各国は、豊かな暮らしを目指して突き進みました。たとえば日本は、武力で実現できなかったアジアの発展を、経済によって成し遂げようとしました。円高政策を背景として、東アジア各地に大規模工場を建設し、「円」によって東アジアに影響力を発揮しようとしたのです。また中国も、現地に住み着く「華人」と呼ばれる人々が、インドネシア、マレーシア、シンガポールなどへ進出し、中華系のイニシアチブのもとで経済発展していくという状況が見られました。
 そして最後の第3段階は、アジアの経済発展が完成し、各国が互いに覇権を競い合う21世紀の時代です。国民が経済的に豊かになり、国家も安定し、戦後政治体制のなかで長らくタブーであった覇権の問題が顕著化してくる段階だといえるでしょう。それまでは覇権を争うほどの経済力や軍事力のなかった国々が、国内世論に対応するために、対外的には覇権主義をとらざるを得ない時代になったのです。
 過去の歴史に照らし合わせれば、現在は第2次世界大戦前のヨーロッパに似た状況に陥りつつあると思います。その象徴が西沙、南沙、尖閣諸島などをめぐる領土・領海問題です。第2次世界大戦前のヨーロッパは軍事によって問題を解決しましたが、核兵器などの大量破壊兵器の登場した現代にあっては、同様の手段はとれません。今ほど冷静な交渉力が求められている時代はないと思います。

「最大要求の文化」を見誤るな

 私は東アジアの安定のためには、中国という国をもっと理解する必要があると考えています。中国やアメリカなどの大国は、覇権主義の国だと受け止められています。これらの国々の外交の特徴は、最初に〝最大要求〟を出す点にあります。初めに大きな要求をし、そこから徐々に要求レベルを落としていくのです。
 たとえば太平洋戦争におけるアメリカも、ハル・ノートを日本に突きつけ、東アジアから撤退しなければ禁油措置をとると宣告しました。しかしその真意は交渉の継続にあったといわれています。ところが〝要求の小出し文化〟を持つ日本は、次にもっとひどい要求をつきつけられるはずだと理解し、太平洋戦争へと突入してしまったのです。
 中国も同様です。南沙諸島では、石油資源の権益を求め、ベトナムと最大級の「非軍事的摩擦」を引き起こした中国ですが、これからは要求レベルを徐々に引き下げていくはずです。国際世論を考えれば、中国が飛行場を建設し、石油資源を独占しようなどということは到底できない相談です。中国もそのことを理解しているはずです。現在は、どう引き下がれば自国の利益につながるかを冷静に見極めている状況なのです。
 中国の外交文化を見誤り、挑発に乗ってしまうようなことがあれば、それこそ中国の思うつぼです。日本が強く出た分だけ、さらに〝最大要求〟のレベルが上がってしまうからです。
 ましてや、ほとんどすべてが個別的自衛権で対応できるような問題について、わざわざ集団的自衛権を持ち出して大騒ぎし、そちらの方向に突き進んでしまえば、中国をいっそう刺激し事態を深刻化させてしまう恐れがあります。安倍首相の発想を見る限り、中国の外交文化を理解していないと考えざるを得ません。
 何より、巨額の財政赤字を抱える日本が、何百億円も投じて自衛隊の海外派遣を行うというのは現実的ではありません。
 また、尖閣諸島を共同防衛するというアメリカ自体が、最大要求の外交文化を持った国です。冷静に考えれば、アメリカはここから引いていくと見るべきでしょう。現在の中国とアメリカの行動をどう読み解き、領土の問題に現実的な折り合いをつけていくのか。日本政府はまずこのことを考えるべきだと思います。

全アジアで国際国策会社設立を

 いずれの領土の石油採掘権問題であれ、これからは「エネミー・イズ・ザ・マーケット(競争相手も商売相手になる)」という視点を忘れてはならないと思います。
 領土問題の現実的な落としどころを考えれば、東アジア各国が参加する国際フォーラムをつくり、各国の共同出資によって国際国策会社を立ち上げ、出資額に応じて石油資源を分配するというところへ最終的に落ち着いていかざるを得ないと思います。
 現代は、20世紀の帝国主義時代のような領土政策は実行できません。海外の領土を軍事的に支配したうえで、民間資本による石油採掘場を建設する、といったことはできないのです。国際社会がそれを許さないからです。
 私は、今ほど日本が、東アジアにおけるネゴシエーター(交渉者)として存在感を示せるチャンスはないと信じています。南沙や西沙諸島は、中東をしのぐ石油資源が眠っている地域だと考えられています。ASEAN+3(東南アジア諸国連合と日本・中国・韓国)やAPEC(アジア太平洋経済協力会議)などの国際的な枠組みに、中国をどう引っ張り出して国際交渉のテーブルにつかせることができるか。
 中国は国際世論に敏感である一方、対外的なメンツもあり、自分からは言い出すことができません。中国をはじめとした東アジア各国が覇権を求める時代だからこそ、日本が平和のネゴシエーターとして果たせる役割はとても大きいのです。
 今後の日本外交に求められるのは、中国の覇権主義を批判するのではなく、覇権主義の心理の裏側に隠された意図をしっかり読み解き、現実の政治交渉に生かしていく姿勢です。各国との事前の根回しをしっかり行って一致点を探り、日本の権益が確保できるよう投資も行う。アメリカ以上のスピードで国際外交をリードし、日本のプレステージ(名声)を高めていくべきです。
 軍事的緊張ばかりが取りざたされる東アジアの領土問題ですが、少し離れた視点で焦らず見つめれば、打てる手はまだたくさんあるのです。

福岡を日本外交の拠点都市に

 私は福岡在住ですが、今後の日本外交の発展を考えるためには、アジアの拠点として栄える福岡こそ、国際外交を担う政治都市に成長すべきだと思っています。中国、韓国、アメリカ、オーストラリア、ベトナムなどの領事館があり、東南アジア諸国の直行便が乗り入れる福岡には多くの可能性が秘められています。
 たとえば東京の人々はヨーロッパやアメリカの視点で外交を考えがちですが、福岡は距離的な近さや経済的な結びつきの強さから、アジアの視点で外交を考えます。領事館の多くも福岡との関係で物事を考えますし、1989年には目標来場者700万人を上回る823万人を集めて「アジア太平洋博覧会(通称よかトピア)」を開催したことがあります。この時は海外37ヵ国が福岡に集まって友好の絆を深めました。また台湾と中国の緊張が高まった際には、台湾の人々が個別に福岡へ避難しようとの話もあります。
 東アジア各国にとって、東京よりも土地が安く距離も近い福岡は、非常に魅力的な地域なのです。福岡をセカンド・キャピタル(第2首都)に位置づけ、東京では行えない2重外交を展開し、日本外交に幅をもたせていくのです。
 たとえばロシアとの交渉などが好例でしょう。北方領土の存在があるから、日本政府や北海道ではなかなかロシアとの友好を進めにくいと思います。しかし福岡はロシアとの交渉を進めやすい立場にあります。だから福岡にロシア領事館をつくり、実務協議を行い、最終調印だけ東京で簡単に済ませるという方式をとれば、さまざまな国際交渉を展開していくこともできるのです。
 私は今、来夏の開催を目指し「福岡領事サミット」というシンポジウムを計画しています。「領事は福岡をどう見るのか」というテーマで語らいの場をつくるのです。戦後政治は、米ソ冷戦の陰で、東西ドイツ・南北ベトナムおよび南北朝鮮、そして台湾と中国という分断国家を生み出してきました。その後ドイツ・ベトナムは統一されましたが、ほかの国々は今も分断されたままです。いわば軍事的な国境が今なお残されたままだと言ってもよいでしょう。
 つまりアジアにおける冷戦は今も終わっていないのです。その視点を忘れずアジアの安定と平和のために貢献していく。これこそが日本政治の原点であるべきだと私は考えています。


やぶの・ゆうぞう●1946年、大阪市生まれ。政治学者。専門は現代政治分析、国際関係論。大阪市立大学法学部助手などを経て、九州大学大学院法学研究院教授に就任(2010年3月に退官)。多数の公職を兼任するとともに、政府や政党に対してさまざまな政策提言を行ってきた。著書に『アジア太平洋時代の分権』(九州大学出版会)、『失われた政治』(法律文化社)など多数。今年4月、特定非営利活動法人国境地域研究センターを設立、理事長(センター長)に就任した。