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社会保障改革こそ最大の政治課題

北海道大学公共政策大学院准教授
吉田 徹

2014年、日本の政治が目指すべきもの。

憲法改正より庶民の暮らしを論ずべき

 現在、アベノミクスと呼ばれる経済政策が奏功してか、株価が比較的堅調に推移しています。そのおかげで安倍政権の支持率も堅調に推移してきました。ひとまずは憲法問題などを封印して選挙を乗り切ってきた安倍首相ですが、政権運営に自信を深めたのか、日本版NSC(国家安全保障会議)の創設や特定秘密保護法の制定などに手を出し始めました。次はいよいよ憲法改正や、集団的自衛権といったテーマに取り組むのではないかと予想されます。
 しかし、憲法改正には膨大な労力がかかります。国民世論をリードしながら、日米や日中など複雑に絡み合う外交関係も整理していかねばなりません。本気で改正を目指すのであれば、1年以上はこの問題に忙殺されるでしょう。果たしてそのような余裕が本当にあるのでしょうか。
 各種世論調査によれば、安倍政権の経済政策に期待しつつも、生活が改善されたと実感している人々の割合は、わずか2割程度にとどまっています。残りの8割は、自分たちの暮らしがどうなるか、かたずをのんで見守っている状況なのです。今後も多くの人が好景気を感じられない状況が続けば、憲法改正などやっている場合ではなくなるでしょう。
 憲法について論じるのであれば、まず足元の庶民の暮らしと照らしあわせて議論すべきではないでしょうか。日本では、相対的貧困率が依然として高く、OECD加盟国中6番目の高さです。今まで以上に、社会保障制度改革と、所得の適正な再配分がなされるべき状況です。憲法25条は、「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」と定めています。安倍首相が、「憲法が時代に合ってないから改正したい」と言うのであれば、まず自殺者が年間約3万人にも及び、最低限度の国民の権利が保障されていない「違憲状態」こそ徹して論じるべきではないでしょうか。

所得の再配分で安定した社会を

 労働市場における非正規雇用の割合が4割にも達した現在では、カンフル剤的な金融緩和や公共事業だけでは安心感ある社会をつくることはできません。
 これまでの日本では、男性が主たる稼ぎ手となる「ブレッドウィナー・モデル(※1)」を基礎にして社会保障制度をつくり上げてきました。正規雇用のなかに、住宅手当や家族手当などの生活保障が組み込まれ、人々のセーフティーネットはいわば企業が提供してきたとも考えられるのです。
 つまり非正規雇用の割合が増えることは、安心感ある暮らしから遠ざけられる人が増えることになります。若者の貧困による晩婚化や、経済事情を理由とした子どもたちの教育格差などの「新しい貧困」の背景には、雇用の流動化を原因とした人々の生活不安があります。
 人々の将来不安が高じると、日本では自殺率や犯罪率が高まります。もう一度、社会保障全般を総点検する改革が必要です。このような状況下で消費税が増税されれば、人々のさらなる生活不安を煽ることは避けられません。 
 インフレターゲット(物価上昇目標)を2%に設定し、3%の消費税増税を行うことは、そのまま実質的な賃金が5%減少することを意味しています。しかし、人口減少・少子高齢化の日本において、増税分を上回る5%の経済成長を実現することはまず無理な話です。実際、働く人々の賃金も横ばいか減少を続ける一方です。 
 経済学においては「合成の誤謬」が語られています。たとえば個人にとっては好ましい貯蓄も、社会全体で行ってしまえば、お金が回らなくなって経済不況に陥ってしまうことを意味しています。
 年齢や性別や障害の有無によらないユニバーサル(普遍的)社会の実現は必ずしも難しいことではありません。雇用と結び付けられてしまった社会保障をデカップリング(分離)し、正規・非正規雇用問わずに、すべての人々が安心して暮らせる一定の社会保障を政治が提供すればよいのです。
 真にレジリエンス(復元力)ある社会を目指していくためには、社会保障というかたちで、所得の再配分こそ行っていく必要があります。

※1 ブレッドウィナー・モデル:「ブレッド=パン」「ウィナー=勝ち取る」の意味で日本語では「大黒柱」「稼ぎ頭」という言葉に当たる。「ブレッドウィナー・モデル」は、特に男性が主たる稼ぎ手となる家庭モデルのことを指す。

軽減税率の重要性

 消費税の増税分は社会保障にまわすことになっていますが、国民の生活を守るためにもう1つ大事なことがあります。それは軽減税率の導入です。実際、消費税を導入している国で、軽減税率を採用していない国はほとんどありません。たとえばヨーロッパ諸国に行ってスーパーで買い物をしたとします。そのレシートを見ると、むしろ標準税率の品物のほうが少ないのが実情です。
 また、軽減税率の議論は、単なる「税率」の話ではなく、あるべき日本の社会像を導き出すことにもつながります。税金は国家の赤字補てんのためだけに徴収されるのではなく、社会のあり方を決めるものでもあるからです。
 軽減税率の議論を深めることは、国民が政治を身近に感じ取ることができるよい機会になると思います。たとえば、「紙おむつ」に軽減税率を適用することは、単に衛生用品メーカーだけの問題ではありません。日本社会が何を生活必需品とし、どのような人々を支えていくのかといった幅広い社会観も問われる重要なテーマです。つまり、紙おむつに軽減税率を適用するか否かを論じ合うことで、私たちの社会が、乳幼児や高齢者をどう支えていくのかという議論にもつながっていくでしょう。
 軽減税率の議論においては、脱税や二重課税防止のためのインボイス(納品書)方式導入にともなう中小企業の事務処理の負担にばかり注目が集まりがちです。もちろん事務負担の軽減は行政が検討の努力を重ねていくべきです。しかしそれ以上に大切なのは、生活者1人1人の暮らしなのです。
「大衆とともに生きる」ことを立党の原点に掲げてきた公明党にこそ、どの品目に軽減税率を適用すべきか、社会にとって必要な生活基礎材とは何なのかという議論を大きくリードしていってほしいし、その資格があると思っています。
 安倍政権が成立させた特定秘密保護法では、政権与党の一角を担う公明党にも厳しい批判の声が寄せられました。経済学では、「賢い消費者」であるためには完全情報が必要だとしています。それを民主主義に置き換えてみると、民主政治における賢明な有権者であるためには、政府についての完全情報が必要であることは論をまちません。民主政治はこの2世紀以上しぶとく生き残ってきた政治体制ですが、それはやり直しのきく体制だからです。間違ったことがあったとしても、過去にさかのぼって主権者が検証できることが強みです。その意味では私も特定秘密保護法の成立は好ましくないものだと思っています。
 しかしそのなかでも公明党は、報道の自由に関して筋を通しました。すでに成立してしまったものをいつまでも嘆き続けるのも建設的な態度ではないでしょう。むしろ公明党には、軽減税率の実現を、特定秘密保護法成立の見返りとして求めるぐらいのしたたかな粘り強さで、さまざまな社会保障改革に取り組んでほしいと考えています。

経済と社会保障の調和

 社会保障の脆弱さは1人1人に生活不安をもたらしていますが、それは他者への攻撃性も強めることにもつながります。自分たちの「取り分」が減っているのは、誰か他人のせいではないかと錯覚してしまうのです。在日外国人を誹謗中傷する「在特会」の問題や生活保護受給者バッシングなどの問題も、その根っこには自分たちの先の見えない暮らしに対する強い不安感が隠されている場合が多いのです。
 誰かをバッシングしたり、排除することで自分たちの豊かさを守ろうとしても、社会はそんなことで豊かになるような構造にはなっていません。
 一部の不正な人間を糾弾して社会正義を実現したと錯覚しても、他者の排除では自分たちの豊かさを守れないのです。本来であれば政治こそが解決の処方せんを示すべきですが、一部の政治家がかえって保守的な反動化を煽っている現状では期待すべくもありません。やはり哲学的な人間観を持ち、個人を包摂していく創価学会をはじめとする中間団体の活躍が一層望まれているゆえんです。
 若者の生きづらさと、他者を過剰に排撃する社会病理の根っこは一緒です。その病理の解決を目指さなければ、サステナブル(持続可能)な社会は成り立ちません。経済成長にのみ頼る社会は必ず大量の敗者を生み出します。経済と社会保障の安定的な調和こそ大切なのです。安定政権の今こそ、その課題に取り組むべきです。
 2014年はよりよい社会保障のあり方を模索しながら、人間1人1人が誇りを持って生きられる社会を目指す議論を深める年にしたいと願っています。

<月刊誌『第三文明』2014年2月号より転載>


よしだ・とおる●1975年、東京都生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒。東京大学総合文化研究科、日本学術振興会特別研究員などを経て現職(学術博士)。2010年から12年までパリ政治学院招聘教員、ニューヨーク大学フランス研究所客員研究員。フランス国立社会科学高等研究院日仏財団連携研究員も務める。専門は比較政治、政党政治論。著書に『ミッテラン社会党の転換』(法政大学出版局)、『二大政党制批判論』(光文社新書)、『ポピュリズムを考える』(NHK出版)、訳書にコリン・ヘイ『政治はなぜ嫌われるのか』(岩波書店)など。