アベノミクスは日本に何をもたらすのか

経済アナリスト
森永卓郎

アベノミクスで日本経済に回復の兆しが見えたかのような今、果たして日本の行く末に希望を持つことはできるのだろうか。経済アナリストの森永卓郎氏に話を聞いた。

金融緩和を避けてきた日本

 アベノミクスで金融緩和が効果を発揮していますが、金融緩和で景気が劇的に上昇するということは、実は数年前からわかっていたことです。
 リーマン・ショックの後、先進各国はどこも思い切った金融緩和に出ました。資金供給量(中央銀行の資産額)では、イギリスが5倍、アメリカが3倍、ユーロ圏が2倍に増やした一方で、日本だけがほとんど金融緩和をしてこなかったのです。
 実は、民主党政権時にも、民主党内には金融緩和をするように発言していたリベラル派の人たちはいました。しかし、野田佳彦前首相など保守グループの人たちが、これを断固拒否してきたのです。
 その理由は、弱肉強食理論をまとった民主党右派の人たちのスポンサーが、富裕層の金持ちだったことにあります。このスポンサーの人たちにとって、デフレになることはメリットがありました。デフレになると資産価格が物価以上に下落します。現に、この15年間のデフレで株価は半額になり、不動産価格も市街地価格指数が半額になりました。これは裏を返せば、同じ金額で、2倍の株や不動産を買うことができるのです。
 おそらく野田前首相が描いていたシナリオは、今のような金融政策、財政出動を行わないで、2014、2015年の復興需要が落ちるタイミングに合わせて、消費税増税をぶつけることだったのではないかと思います。もしそうだとするのなら、意図的に恐慌を起こそうとしたとしか思えません。
 昭和恐慌のときも、関東大震災の復興需要が切れて、デフレになったところに、浜口雄幸が、強烈な財政引き締めを重ねて昭和恐慌が起こりました。
 また、阪神・淡路大震災の復興需要が切れるタイミングの1997年には、橋本内閣が消費税率引き上げ、医療費の本人負担の3割への引き上げ、そして特別減税の廃止という、9兆円のデフレ政策をぶつけて、今の15年にわたるデフレを引き起こしました。
 それが、今回は13兆5000億円の消費税増税です。これはさらに大きなインパクトになります。もし民主党政権が続いて、そのまま消費税を引き上げていたら、99.9%恐慌になっていたでしょう。

超格差社会に突入する危険性

 2013年5月23日を基点に株価が下がりましたが、今が踊り場で、今後再び上昇トレンドになるだろうと思います。問題は、その先にある大きな壁です。
 実は今、小泉構造改革がつくり出した格差社会を上回る、超格差社会に突入する危険性があります。
 小泉政権の5年間で、株価は2倍以上に上がりました。それは構造改革前に行われた金融緩和が原因です。
 小泉政権発足前の2001年1月、マネタリーベース(資金供給量)の前年比伸び率はマイナス6%でしたが、小泉政権になって資金供給の伸び率をどんどん高めました。2002年4月にはプラス36%まで、40ポイントも引き上げたのです。
 日銀の黒田東彦総裁が、「異次元の金融緩和」を宣言しましたが、今年(2013年)4月が23%、5月で32%なので、小泉政権の金融緩和がいかに大きかったかがわかります。
 その結果、5年間で上場企業の経常利益、役員報酬は2倍になり、企業が支払う配当金は3倍にまで増えました。
 一方で、金融緩和に続いて行われた構造改革によって、中小企業の役員報酬はどんどん減り、サラリーマンに支払われる給料や賞与の総人件費(雇用者報酬)も減っていったのです。
 つまり、全体の〝パイ〟は増えたものの、その分配は富裕層や大企業の総取りとなり、所得格差が拡大していきました。
 安倍政権もこの道をたどろうとしています。多くのエコノミストが、実体経済をよくするために成長戦略が重要だといいます。しかし私は、3本の矢のうちの1本目(金融緩和)と2本目(財政出動)の矢は100%正しかったと思いますが、成長戦略という3本目の矢には庶民の生活を破壊する危険性を感じています。

勝ち組総取りの成長戦略を危惧

 アベノミクスの成長戦略の核心は規制緩和です。小泉政権のときの規制緩和では、製造業への派遣や日雇い派遣が解禁され、結果として、派遣切りにあった派遣労働者が路上生活者になるという、悲惨な事態を招きました。
 それと同じ予兆が今もあらわれています。
 雇用面では、産業競争力会議が解雇規制の緩和を打ち出しました。これは世論の猛反発を受けて、いったんは矛(ほこ)を収めましたが、化粧直しをして出てきたのが「限定正社員」の活用です。
 勤務地や、仕事内容などが限定された形で働く「限定正社員」は、パートタイマーが正社員になるための手段と位置づけられていますが、これは詭弁です。
 なぜなら規制改革会議は、限定正社員を通常の正社員より解雇しやすくすることも求めているからです。
 また、安倍政権は、再来年度(2015年度)までに、労働移動支援助成金を、雇用調整助成金より上回るようにするとしています。これまでは、雇用調整助成金によって企業の雇用維持の負担を軽減してきましたが、今後は「どんどん解雇してください。政府としては解雇された労働者の転職を支援します」という方針に変えたわけです。
 本来、アベノミクスの1本目と2本目の矢で増えた〝パイ〟をどうやって切り分けるかが成長戦略の中身ですが、それを勝ち組が総取りするという政策には異を唱えざるを得ません。
 公明党には、労働政策の改革が、庶民のためのものとなるように、頑張ってもらいたいと思います。

公明党の真価が問われる参議院選挙

 今の日本には、公明党の基本理念でもある「平和」と「福祉」を脅かす状況があります。
 憲法を改正して、国防軍をつくろうとする動きなどは、まさに平和を脅かす行為です。国民の幸福追求の権利の前に、公の秩序が優先される。これはもはや軍事国家と同じです。
 日本を軍事国家にしては絶対にいけません。平和を目指す公明党には明確に反論してほしいと思います。
 また福祉の観点では、生活保護の切り捨てがあります。生活保護は憲法25条を実現するための、生存権を守る最後のセーフティーネットです。このことに関しても、公明党が声を上げてほしいところです。
 アベノミクスに皆がわき上がり、圧倒的な支持率が自民党にある今こそ、公明党は、国民の平和と福祉という原点のままに、冷静に戦ってほしいと思います。
 平和と平等は、最終的に理念は一緒です。経済で〝弱肉強食主義〟の人は自分のことしか考えていません。
 一方で、平和主義、平等主義の人は、自分だけが幸せになっても仕方がない、みんなが幸せにならないといけない、と思うから「戦争はやめよう」「極端な格差社会はよくない」というのです。
 そうした〝思いやり〟や〝優しさ〟が、今の日本社会からどんどん失われていっていると思います。
 その意味で、今度の参議院選挙は、公明党の真価が問われる選挙です。大げさではなく、公明党が〝日本の存亡〟を握っているといっても過言ではありません。
 ぜひとも、平和と平等を訴えて力強く戦ってほしいと思います。

<月刊誌『第三文明』2013年8月号より転載>


もりなが・たくろう●1957年生まれ。東京都出身。経済アナリスト。獨協大学経済学部教授。東京大学経済学部卒業後、日本専売公社、経済企画庁、UFJ総合研究所などを経て、現職。専門はマクロ経済、計量経済、労働経済。「経済」をわかりやすく明快に語り、テレビ朝日「ニュースステーション」、読売テレビ「情報ライブミヤネ屋」、ニッポン放送「あなたとハッピー」などテレビ・ラジオにも多数出演。著書に『年収300万円時代を生き抜く経済学』(光文社)、『「勝ち組」社会』(角川SSC新書)など多数。