知日派・知中派を育てる――日中の相互的な交流事業

ライター
大森貴久

まずは知ってもらうこと

 うっすらと春の気配が近づいてきた2月19日。中国からの訪日団が羽田空港に降り立った。
「笹川杯日本知識大会」や「笹川杯作文コンクール」(いずれも日本科学協会の主催)などで優秀な成績を収めた学生に、引率の教員などを含めた総勢35名。一行のなかには、これが初訪日となる人たちも少なくない。

「日本知識大会」とは、中国人の大学生が日本の歴史や文化に関する知識を競い合うクイズ大会のこと。
 2004年にスタートし、2018年11月に北京大学で行われた第14回大会には、中国国内109大学から327名が参加した。
 団体戦と個人戦のトーナメント。出題されるクイズのジャンルは、文化、社会、歴史などに加えて、教科書では学べないアイドルやアニメなどのポップ・カルチャーにいたるまで実に幅広い。そして、その難度は「斎藤茂吉が唱えた歌論は?」「日本初の長編アニメ映画は?」と、日本に暮らす私たちにとってもすぐには答えられないものばかりだ。

 今のところ、中国で特定の国に関するクイズ大会は「日本知識大会」以外にはない。スタートから今年で15年。今では、日本語を学ぶ中国人学生にとって、この大会への出場経験はキャリアの面でも貴重な経歴になるという。実際に、過去の出場者からは新聞記者や大学の教員などが誕生している。

日本科学協会の会長・大島美恵子氏

日本科学協会の会長・大島美恵子氏

 他方、「作文コンクール」が始まったのは2008年。18歳~45歳の中国人を対象に、日本語と中国語の2言語で公募してきた(中国語版は2013年以降開催を見送っている)。これまでの応募総数は両言語の合計で約4.9万作品を数えている。
 日本科学協会は、日本人のみが応募可能な「Panda杯全日本青年作文コンクール」(リンク:前掲コラム)も主催している。

 それぞれの催しに加えて、両国の青年たちによる訪日・訪中などの交流事業を主催する同協会の会長・大島美恵子氏は、それらの意義について次のように語る。
 

 グローバル化が進展している現代社会において、自国のみが繁栄するという考え方はもはや通用しなくなっています。それは日中という二国関係においても同じです。 
 日中両国の相互理解のためには、まずは互いの文化、国民性、社会状況などを知ることから始めなければなりません。当協会の交流事業の最大の目的は、両国の人々に互いの国を〝知ってもらう〟ことにあるのです。

日本への関心事

 訪日団の滞在期間は8日間。東京から始まり、沖縄、滋賀、京都、大阪など、文字どおり〝西へ東へ〟と各地でのスケジュールは盛りだくさんだった。
 東京では皇居をはじめとして、江戸川区のごみ処理場などを見学し、日本の若者たちとの討論会に参加。その後は沖縄へ移動し、沖縄戦の学習のあとにサンゴ畑を見学する。 
 そこから関西へ移動。滋賀の「針江生水(はりえ・しょうず)の郷」を訪れ、翌日には京都の竜安寺や延暦寺を巡った。
 日本に暮らしていても、わずか8日間のうちにこれほどまでに各地のことを知る機会はめったにないだろう。大島氏が言うとおり、まさに日本を〝知ってもらう〟ためのツアーと言える。

訪日3日目に東京都内で開催された「日中若者討論会」

訪日3日目に東京都内で開催された「日中若者討論会」

 ごみ処理場、サンゴ畑、「針江生水の郷」――。これらの訪問先からは、中国の人々の日本への関心事がうかがえる。すなわち、日本はいかにして環境問題に取り組んでいるのかということ。
 天津科技大学大学院で日本語を学ぶ朱凱月さんは、「針江生水の郷」を訪問した感想を次のように振り返る。
 

 案内役の男性は、実に誇らしげに自分の村落を紹介してくれました。
 とりわけ、水の管理については『私たちの川は、私たち自身が保護し、きちんと整備しているのです』と語ってくれました。その言葉のとおり、確かに川の管理は隅々まで行き届いていました。針江のように透き通って底が見える川を、中国国内では目にしたことはありません。

 また、華中師範大学外国語学院の王珺さんは、ごみ処理場の感想をこう語る。

 日本では入念にごみの分類が行われていて、資源を最大限に再利用するという話は、以前から聞いていました。
 今回、それを実際に目の当たりにし、ごみ処理の面で中国には日本よりも多くの課題が存在することに改めて気が付きました。
 日本のごみ処理システムを見て感じたのは、行政による政策もきわめて重要である一方、住民の意識や協力も同じくらい大切だということです。

 訪日団の日本を知ろうとする意欲について、大島氏は次のように振り返る。

 そもそも、彼らの日本に関する知識の広さには改めて驚かされたというのが正直なところです。また、日本を知ろうとする積極的なその姿勢を、非常に嬉しく思いました。

〝友情〟という香りを広げたい

「知識大会」の個人戦で入賞を果たした周姍姍さん(天津外国語大学大学院2年・当時)は、今回が2度目の訪日となった。
 初訪日は2018年。その時も、「知識大会」の成績優秀者として訪日団に参加した。
 訪日3日目、東京都内で行われた日中討論会で、周さんはある人たちと再会を果たす。日本科学協会の「Panda杯作文コンクール」によって、過去に訪中した日本の若者たちだ。
 討論会には、スタッフとして運営を行う彼ら・彼女らを含めて、50名を超える日本の若者たちがボランティアとして全国から集った。

討論会で司会を務めた周姍姍さん(右)

討論会で司会を務めた周姍姍さん(右)

 周さんと彼らの出会いは2017年に遡る――。
 2017年度のPanda杯訪中団は天津を訪れることになっていた。日本語を学んでいた周さんは、その案内役を買って出る。彼女は訪日団のメンバーが滞りなくすべての行程を終えられるよう、何度もスケジュールを確認し、綿密に準備を進めた。
 しかし当日、訪日団を乗せたバスは高速道路の渋滞に巻き込まれ、天津への到着は予定時刻を3時間以上も遅れる形となった。
 予定では、天津外国語大学や市街地の見学に割り当てられていたのは4時間。結局、見学はキャンセルとなり、周さんをはじめとした同大学の学生や教員と、昼食を取りながら懇談をするだけに終わってしまった。

 それでも、周さんの訪中団に対する思いは実を結ぶ形となる。
 その2ヶ月後に行われた「知識大会」で周さんは入賞を果たし、訪日のチケットを手にする。すると、その知らせを聞いた訪中団のメンバーから、彼女にメッセージが届いた。「今度は私たちが日本を案内する番です」と。
 そして、実際に東京の地で再会が果たされた。それが昨年の話。2018年のPanda杯訪中の際も、今回の笹川杯訪日の際も、彼ら・彼女らと周さんは交流を重ねてきた。

 実は、今回の討論会では周さんとの再会を果たすためにわざわざ和歌山から東京に駆けつけた学生の方もおられました。
 当協会の交流事業によって、〝もてなす側〟と〝もてなされる側〟が互いにうまく循環し、それが個々人の友好の一助となっていることを嬉しく思っています。(大島美恵子氏)

 訪日の全スケジュールを終えた周さんは、今回の旅行を振り返り、次のように語る。

 2年前の訪中団の方々とは、結局20分ほどしか交流できませんでした。しかし、不思議とそのときの絆は今も続いています。
 今回の訪日でも、新たな出会いがありました。みんなとした『いつかまた会おうね』という約束を、必ず実現しようと心に決めました。
 これからも、結んだ絆から花を咲かせ、友情という香りを広げていきたいと思います。

 日中関係といえども、そこで暮らす人々を抜きに語ることはできない。周さんや、彼女と交流を重ねる日本の人々をはじめとする若い世代こそが、今後の日中関係を構築していくのだ。大島氏は彼ら・彼女らに大きな期待を寄せている。

 両国の若者には、どんな形であったとしても、身近なところから日中関係にかかわってもらいたいです。
 誤解や偏見を見直し、正しい情報を共有していく。SNSなどを大いに活用して、友好の思いをさらに広げていっていただきたいと思います。

(画像提供:日本科学協会)

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おおもり・たかひさ●1988年、大阪府生まれ。創価大学卒業後、書籍の企画・編集業に従事する傍ら、ライターとして雑誌・機関誌などの紙媒体で、主にインタビュー記事の執筆を行う。東京都在住。