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連載エッセー「本の楽園」 第61回 横尾忠則の世界②

作家
村上政彦

 僕は本を読むのが好きだ。おもに人文系だが、美術書も読む。必要に応じて理系の本も読む。結局、本であれば、どのような本でもいい。でも、一つ二つ、ジャンルを絞るように促されたら、絶対に入るのが書評集だ。
 書評集は、僕のような気の多い人間には向いている。何しろたくさんの本を扱って、そのエッセンスを抜き出して伝えてくれる。本好きにとって、これほどありがたいものはない。
 僕はアルコールがだめなのだが、居酒屋は好きだ。それは、いっぱいつまみを頼んで、食べたいものを少しずつ愉しめるからだ。僕にとって書評集は、つまみの皿が並んだ居酒屋のテーブルである。ざっと見ただけで、わくわくする。
 もちろんこれは、いい書評に限っての話で、なかには何をいいたいのかさっぱり分からないものもある。そういうのは、皿に伸ばした手を引っ込める。すぐページを閉じればいいだけの話だ。
 さらに、書評集のおもしろさは、書評家とおもしろい本について話しているような気分になれるところだ。誰だったか、本を読んだあと、作者に電話をして感想を語ることができればいい、と書いていたが、書評集は読みながらすでに書き手と会話をしている。

 横尾忠則の書評集は当たりだった。おもしろい。取り上げている本も個性的だし、横尾という書き手がまた魅力的だ。『本を読むのが苦手な僕はこんなふうに本を読んできた』は、2009年4月から2017年6月まで、朝日新聞に掲載された書評をまとめたもの。
 僕は、横尾忠則という人は読書が好きなのだと思っていたが、どうも違うらしい。書評委員を依頼されたとき、一度は断ったが、記者の熱心な説得に根負けして引き受けたという。「あとがき」では、こう述べる。

 本書の書評を読み返してみると、書いたことさえ忘れていたり、内容など何ひとつ覚えていない。実に読書は無駄な時間であったかとつくづく後悔する。

 読書は人間成長のために有効だという人がいるが、僕に関しては絵を描く時間を盗まれたという怨み事しかでてこない。(原文ママ)

 これを読むと、念の入った読書嫌いと思えるが、彼の書評はおもしろいので、熱心な説得をした記者に感謝したい。
『日本人の身体』(安田登著/ちくま新書)の書評では、冒頭で個人的な思い出が語られる。24歳で上京して、業界の先輩に連れられて喫茶店に入った。注文を訊かれて、「何でもいいです」と応えたら、「東京では白黒はっきりすべきだ」と叱られた。
 しかし今も同じ応え方をするだろう、なぜなら曖昧さは自分の持ち味だから、と前振りをしておいて、核心に入る。

 幸運にも本書に出会い、目からウロコ。曖昧さを日本の特性として日本人のおおらかな身体観と捉え、自分と他者、生者と死者の境界も曖昧という。

 こうしてちょくちょく自分語りをしながら、取り上げる本の狙いに迫っていくやり方は、なかなか巧みだ。横尾に関心のある読者は、冒頭で惹きつけられ、いつの間にか、本の世界へ連れて行かれる。
 また、選書の仕方も横尾流である。たとえば、『わがままこそ最高の美徳』(ヘルマンヘッセ著/岡田朝雄訳/草思社)を取り上げ、

 自然体、あるいは「汝自身であれ」こそが、「わがまま」ではないのか

と、ヘッセの生活哲学についての横尾の解釈が語られたかと思えば、『ブギの女王・笠置シヅ子 心ズキズキワクワクああしんど』(砂古口早苗著/現代書館)がきて、

 廃墟と化した焼け跡風景の中に、まるでCGによるSFパニック映画の一シーンのように大阪城だけがポツンと取り残されていた。終戦後、母に連れられて鶴橋の闇市に米を売りに入った時、聞こえてきた歌は竹山逸郎の「異国の丘」でも並木路子の「リンゴの唄」でもなく、笠置シヅ子の「東京ブギウギ」だった。

と始まる。ヘルマンヘッセからの笠置シヅ子――何とも横尾的だと思う。さらに、『早世の天才画家 日本近代洋画の十二人』(酒井忠康著/中公新書)では、

 芸術家である以上、無意識に誰しも一度は夭折に憧れるものだ。私もその一人だった。29歳の時、自死を主題にした作品を作り、死亡通知を新聞に掲載、初めての作品集を「遺作集」と名付けた。

と語る。本書の帯には、「この本の中に、僕の考えてきたことがすべて入っています」とコピーがあるけれど、まさに横尾ワールド全開である。
 どうです? 読みたくなってきませんか?

お勧めの本:
『本を読むのが苦手な僕はこんなふうに本を読んできた』(横尾忠則著/光文社新書)


むらかみ・まさひこ●作家。業界紙記者、学習塾経営などを経て、1987年、「純愛」で福武書店(現ベネッセ)主催・海燕新人文学賞を受賞し、作家生活に入る。日本文芸家協会会員。日本ペンクラブ会員。「ドライヴしない?」で1990年下半期、「ナイスボール」で1991年上半期、「青空」で同年下半期、「猟師のベルカント」で1992年上半期、「分界線」で1993年上半期と、5回芥川賞候補となる。他の作品に『トキオ・ウイルス』(ハルキ文庫)、『「君が代少年」を探して――台湾人と日本語教育』(平凡社新書)、『ハンスの林檎』(潮出版社)、コミック脚本『笑顔の挑戦』『愛が聴こえる』(第三文明社)など。