連載エッセー「本の楽園」 第56回 先送りしない法

作家
村上政彦

僕は、あまり自己啓発本の類を読まない。若いころに少しは手にしたことがあったのだが、それで懲りた。まず、説教くさい。それにしごく当然のことが書いてあるだけで、発見がない。
わざわざ読書をして、説教されるのはかなわないし、お金を払って、知識を広げたり物の見方を深めたりすることができないのは、損である。だから、本屋に行っても、自己啓発本のコーナーは、ちらっと見るだけで、手は伸びない。
ところが。
ところが、僕には、どうしても直したい癖がある。先延ばし癖だ。物書きを生業としているので、〆切に追われるのは仕方がない。ただ、それを先延ばししようという傾向がある。〆切が1日延びれば、いのちが1日延びた気がする。
仕事を怠けたいわけではない(いや、それもあるか……)。もう少し時間があれば、いい原稿が書けるとか、まだ準備が足りないとか、いろいろもっともな理由はあるのだ。僕の本業は小説を書くことなのだが、これなど〆切はあってないようなものだ。
編集者は形式的に〆切を設定して、この日までに原稿を、というが、書き手として納得できないので、もう少しと粘れば、たいていは先に延びる。僕は彼らが眼の色を変えて原稿を督促するようなベストセラー作家ではない。
でも、そうやって先延ばしにしていると、いつまでたっても作品は完成しない。これは小説家にとっていいことではない。そこで、先延ばし癖を直してくれる方法はないものかと探していた。
あった。その名も、『DO IT NOW いいから、今すぐやりなさい』。これは期待できるか。さっそく手に取ってみた。

 先延ばしとは、すぐやるべきことをあと回しにすることです。

うん、そんなことは分かっている。僕が知りたいのは、どうやればその癖を直せるかだ。なんだ、この本も、結局、普通の自己啓発本か? 具体的に教えてくれよ。すると、

【今すぐできる、先延ばしの11の対策】

とある。この本は効くのか? 僕の先延ばし癖は直るのか?
まず、先延ばしの原因を明確にせよ、とある。時間がない、用事があるは、言い訳であって、正当な理由ではない。課題が大き過ぎる場合は、

【サラミ・スライス方式】

でやる。

 どんなに大きな課題でも、それをいくつかの段階に細分化し、順にこなしていけば難なく処理できる

それでもまだ取り組みたくないときは、

【きっかけづくり】

が有効になる。これは、

 とにかく1ミリでも物事を動かす

こと。僕でいえば、まず、パソコンのスイッチを入れてみることか。次に、

【5分間の実行】

に移る。

 どんなに面倒な課題でも、5分間だけならすぐに実行できる

5分間やれば、その勢いで、なんとか仕事にかかれる。これは、なかなかいいぞ。僕のような、優柔不断な怠け者(ばれたか)にはぴったりだ。さらに、「完璧主義」は先延ばしの原因になるという。これも僕には該当する。ミケランジェロは、

 芸術をきわめる秘訣は、いつ切り上げるかを見きわめることだ

といったらしい。つまり、十分に力を注いだら、ひとまずそれで完成とすることだ。
いい。この本は効く。少なくとも僕には効いた。ほかにも先延ばしを防ぐための具体的な知恵がつまっている。それは実際に読んでほしい。これは買いです。

お勧めの本:
『DO IT NOW いいから、今すぐやりなさい』(エドウィン・ブリス著/弓場隆訳/ダイヤモンド社)


むらかみ・まさひこ●作家。業界紙記者、学習塾経営などを経て、1987年、「純愛」で福武書店(現ベネッセ)主催・海燕新人文学賞を受賞し、作家生活に入る。日本文芸家協会会員。日本ペンクラブ会員。「ドライヴしない?」で1990年下半期、「ナイスボール」で1991年上半期、「青空」で同年下半期、「量子のベルカント」で1992年上半期、「分界線」で1993年上半期と、5回芥川賞候補となる。他の作品に、『台湾聖母』(コールサック社)、『トキオ・ウイルス』(ハルキ文庫)、『「君が代少年」を探して――台湾人と日本語教育』(平凡社新書)、『ハンスの林檎』(潮出版社)、コミック脚本『笑顔の挑戦』『愛が聴こえる』(第三文明社)など。