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連載エッセー「本の楽園」 第45回 ローカルがおもしろい①

作家
村上政彦

 このところ、なんだかローカル=地方がおもしろいことになっているようだ。かつては、クリエイティブな若者たちは東京をめざしたものだが、いまやそうではない。あちこちの地方に根差して仕事をする人々が増えているのだ。
 そのプレーヤーの1人が藤本智士(さとし)である。若いといっても40代なかば。この分野の先駆者といえる。兵庫県西宮市に住んで、編集者として活動している。『魔法をかける編集』は、彼の仕事振りをトレースした本だ。
 2006年に『Re:S(りす)』という雑誌を立ち上げた。これはRe:Standard=「あたらしい〝ふつう〟を提案する」というのがコンセプト。全国誌だけれど、編集部は大阪にあった。「東京では売れない雑誌」をめざして、全国の〝田舎〟に向けて発信する。
 このあたりから、すでにおもしろそうではないか。
 藤本の編集者としてのプライドは、

 著名な人をディレクションすることではなく、まだ世間のみなさんはご存じないであろうスペシャルを、多くの人にお届けすること。

 そして「未知の宝物」を求めて旅に出た。特集となったテーマは、水筒、フィルムカメラ、物々交換、一生もん(物)など。〝都会のオシャレなセンス〟などとは無縁な、「ローカルな絶対価値」を届けることに専心した。藤本にとってローカルにとどまることは、これまで日本で進められてきた都市化への、単なる反動ではない。

 自分を形作る外側の世界から自分の内側へどんどん思いを深めていった先にはじめて本当のオリジナリティが確立されるのだと思うし、さらに突き詰めていくことで、人間としての普遍的な問いや、またその解にまでふれられる瞬間があって、そのほうがよっぽどグローバルだ。

 この認識は正しいし、グローバリズムへのまっとうな応答だとおもう。知る人ぞ知るメディアとなった『Re:S(りす)』は11号で終刊となったが、彼の編集についての哲学は、その後に秋田県で発行された『のんびり』に受け継がれた。
『風と土の秋田 二十年後の日本を生きる豊かさのヒント』は、秋田県のフリーマガジン『のんびり』を書籍にしたものだ。なぜ、秋田か? それは秋田県が、「少子高齢化・人口減少日本一」で、「ただただそれが魅力的だから」という。
 ここにも藤本ならではの哲学がある。高齢化も人口の減少も、日本全国で起きていることなので、「日本中がどんどんダウンシフトしていくなかで、その先頭を切る秋田は、紛うことなきニッポンの未来のトップランナー」なのだ。つまり、秋田を語ること、考えることは、日本の未来を語ること、考えることだ。

 秋田にはうまい飯とうまい酒があります。

 日本人の多くは今、うまい飯が食べられて、うまい酒が飲めるという当り前の豊かさについて考えなおしています。

 ビリだ一番だ。上だ下だ。と、相対的な価値にまどわされることなく/自分の町を誇りに思い、よその町をも認め合う。/そんなニッポンのあたらしい〝ふつう〟を/秋田から提案してみようと思います。

 これは「のんびりの思い」と題された一文の抜粋だ。藤本は、マタギ(狩人)、寒天、日本酒、秋田弁など、もともと秋田に伝わるものを外の視点から再発見し、語っていく。
 彼とそのチームが取材していく過程をありのままに再現していく編集の仕方は、臨場感と物語に満ちていて、とてもおもしろい。また、人物に焦点を絞っているので、短篇小説を読むような味わいもある。
 寒天づくりの特集で、生活の辛さを寒天にして流す女性の話にしんみりさせられ、日本酒づくりの特集で、杜氏は酒のほかに新たな杜氏をつくらねばならないという話に考えさせられる。この雑誌が4年で終刊になったのは惜しい。
 藤本の仕事を見ていると、東京で生活しているのが、何だか時代遅れのような気がしてきて、いや、東京は東京なりにがんばらねば、とおもう。これが彼のいう編集の魔法か。

お勧めの本:
『魔法をかける編集』(藤本智士著/インプレス)
『風と土の秋田 二十年後の日本を生きる豊かさのヒント』(藤本智士著/リトルモア)


むらかみ・まさひこ●作家。業界紙記者、学習塾経営などを経て、1987年、「純愛」で福武書店(現ベネッセ)主催・海燕新人文学賞を受賞し、作家生活に入る。日本文芸家協会会員。日本ペンクラブ会員。「ドライヴしない?」で1990年下半期、「ナイスボール」で1991年上半期、「青空」で同年下半期、「猟師のベルカント」で1992年上半期、「分界線」で1993年上半期と、5回芥川賞候補となる。他の作品に『トキオ・ウイルス』(ハルキ文庫)、『「君が代少年」を探して――台湾人と日本語教育』(平凡社新書)、『ハンスの林檎』(潮出版社)、コミック脚本『笑顔の挑戦』『愛が聴こえる』(第三文明社)など。