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連載エッセー「本の楽園」 第30回 岩波文庫について①

作家
村上政彦

 文学を手にし始めた10代のころ、ひとつ悩みがあった。まだ子供だから経済的には不自由だ。しかし、ハードカバーの単行本は高い。だから、読みたい本があっても、それが文庫になるのを心待ちにしたのだが、早く読みたいので、待っているあいだ、ずっと焦れている状態だった。
 僕は、ほとんどの文学作品を文庫で読んでいる。文庫は、廉価だし、持ち運ぶにも便利だ。本棚に並んでいるのは文庫ばかりだった。背表紙の出版社を見ると、新潮社、文藝春秋、講談社、集英社などがあったが、そのなかでも特別な存在は岩波文庫だった。
 町の本屋で、岩波文庫を置いているところは、それほど多くなかった。理由は、買い取りで返品できない、ということなのだが、そんな商慣習が分かるのは、もっとあとになってからだ。

 かつての僕は、行きつけの本屋があって、毎日そこに入り浸っていたのだが、ときどき遠出をして、ほかの本屋を見て回った。そのなかに、岩波文庫を豊富にそろえているところがあった。それを見つけたときは胸が躍った。
 いまは光沢のあるきちんとした表紙がついているけれど、当時の岩波文庫には半透明のカバーがかかっていて、なかが透けて見えるようになっていた。高貴な美女が薄絹をまとっている状態である。だから、棚に大量の岩波文庫が並んでいるのを目撃した本好きの10代の少年は、胸が躍ったわけだ。
 ほかの出版社には申し訳ないのだが、かつての岩波文庫は格が高かった。フランスにプレイヤード叢書というのがあって、ノーベル文学賞を辞退したサルトルが、自作がこの叢書に入るのは光栄だと歓んだ、という逸話があるのだが、岩波文庫に入るのは、その作品がやがて古典となる証しだった。

 僕の記憶では、現存する文学者の作品は入っていなかった。名作を残し、鬼籍に入ってから、ようやく岩波文庫に選ばれる栄誉にあずかる――だから、まだ存命の、谷川俊太郎さんの自選詩集と大江健三郎さんの自選短篇集が岩波文庫から出たときは、これはひとつの文学的な事件だとおもった。
 ただ、思い違いかもしれないので、岩波文庫の編集部に確認してみたところ、ごくわずかだが、これまでにも存命の文学者の作品を出しているらしい。しかし、「かなりレアです」といわれた。やはり、文学史に残る作品を選んでいるのは間違いない。

 そこで、この2冊を手に取ってみた。谷川さんと大江さんに親交があるのかどうかは知らない。だが、2人の文学者には浅からぬ因縁がある。大江さんは小説家だが、若いころには詩を書いていた。
 ところが、谷川さんの詩を読んで、同時代にこれほどすぐれた詩人がいるのなら、自分は小説に専念すると詩をやめたらしい。ノーベル文学賞をもらった小説家にふさわしい、文学的な逸話である。
 さて、谷川さんの詩集を読む。僕は、この詩人の、いい読者ではない。2、3の詩集しか読んでいない。でも、ずっと気になる詩人だった。僕の小説がラジオドラマになり、その音楽を谷川さんの子息が担当してくれたときには、ひそかに小躍りしたものだ。
 谷川さんは、2000篇を超える作品から、173篇の気に入ったものを選んで、この自選詩集を編んだ。冒頭には初期の「二十億光年の孤独」がある。19歳のときに書かれた、若い詩人の、みずみずしい詩である。

 人類は小さな球の上で
 眠り起きそして働き
 ときどき火星に仲間を欲しがったりする

 火星人は小さな球の上で
 何をしてるか 僕は知らない
(或はネリリし キルルし ハララしているか)
 しかしときどき地球に仲間を欲しがったりする
 それはまったくたしかなことだ
 
 万有引力とは
 ひき合う孤独の力である

 谷川さんの詩には、いわゆる現代詩の持つ難解さはない。これは詩人自身がそのように努めてきたのだとおもう。詩を狭い枠から解き放って、広く社会になじませる。それが彼の意図ではなかっただろうか。彼は述べている。

 その詩を書くことで人々とむすばれ、出来れば一日の生活の資を得たいと願っている。

 僕は、日本文藝家協会という文筆家の職能団体で常務理事を務めているが、この総会で谷川さんが詩の朗読をしてくださったことがあった。そのときに選ばれた詩のいくつか――

 いもくって ぷ
 くりくって ぽ
 すかして へ
 ごめんよ ぱ
(「おならうた」)

 ゆうがた うちへかえると
 とぐちで おやじがしんでいた
 めずらしいこともあるものだ とおもって
 おやじをまたいで なかへはいると
 だいどころで おふくろがしんでいた
 ガスレンジのひが つけっぱなしだったから
 ひをけして シチューのあじみをした
 このちょうしでは
 あにきもしんでいるに ちがいない
 あんのじょう ふろばであにきはしんでいた
(「ゆうぐれ」)

「詩は、おもしろいものです。小学生は、この詩で笑います」と谷川さんはいった。〝プロの詩人〟を自称する彼は、詩人につきまとっている「霞を食う仙人」のようなイメージを払拭しようとしている。そして、それは成功しているとおもう。

 私は背の低い禿頭の老人です
 もう半世紀以上のあいだ
 名詞や動詞や助詞や形容詞や疑問符など
 言葉どもに揉まれながら暮らしてきましたから
 どちらかと言うと無言を好みます
(「自己紹介」)

 19歳でデビューした谷川さんも85歳になったが、いまも現役の詩人として新しい試みを続ける。この文業を讃えるには、やはり、文学の殿堂=岩波文庫入りがふさわしい。
 次回は、『大江健三郎 自選短篇』を読む。

お勧めの本:
『自選 谷川俊太郎詩集』(谷川俊太郎著/岩波文庫)


むらかみ・まさひこ●作家。業界紙記者、学習塾経営などを経て、1987年、「純愛」で福武書店(現ベネッセ)主催・海燕新人文学賞を受賞し、作家生活に入る。日本文芸家協会会員。日本ペンクラブ会員。「ドライヴしない?」で1990年下半期、「ナイスボール」で1991年上半期、「青空」で同年下半期、「猟師のベルカント」で1992年上半期、「分界線」で1993年上半期と、5回芥川賞候補となる。他の作品に『トキオ・ウイルス』(ハルキ文庫)、『「君が代少年」を探して――台湾人と日本語教育』(平凡社新書)、『ハンスの林檎』(潮出版社)、コミック脚本『笑顔の挑戦』『愛が聴こえる』(第三文明社)など。