書評『GRIT やり抜く力』――話題のベストセラーを読む

ジャーナリスト/編集者
東 晋平

大事なことは「才能」ではなく「GRIT」

 「GRIT(グリット)」という言葉は、「レジリエンス(折れない心、復元力)」などとともに、近年の米国教育界、さらにビジネスやスポーツ界で重要視されてきた。GRITは歯をギリギリと噛みしめる音の擬音語で、まさに「やり抜く力」を意味している。
 第一人者であるアンジェラ・ダックワース(ペンシルベニア大学心理学教授)による本書は、2016年5月に米国で刊行されるやベストセラーとなり、日本でも9月に邦訳が出て以来、ひとつの旋風を巻き起こしている。
 人が何らかの偉業を達成するためには、「才能」よりもむしろ「やり抜く力」の方が重要だということを明らかにした研究で、ダックワースは2013年のマッカーサー賞を受賞した。
 よく〝努力できることが才能〟といわれるように、「やり抜く力」も生得的なものなんじゃないのかと思われがちだ。しかし「やり抜く力」は誰でも身につけていけることを、ダックワースは本書で語りかける。
 詳細は本書を手に取ることに預けるとして、いくつか興味深かった点を紹介したい。

「大いなる目的」につながっているか

 ダックワースは「やり抜く力」を内側から伸ばすために必要な要素として、「興味」「練習」「目的」「希望」を挙げている。
 人は「興味」を抱かない対象には情熱を注げない。では、興味の持てる何かというのは、いつかどこからかドラマチックに人生に舞い降りてくるのか。そうではなく、自分がいかに興味を掘り下げていけるか。その自分の側の態度こそ重要になる。
 そして「練習」。1つのことを習得するには1万時間の練習が必要だということは、さまざまな分野で語られていることだが、ダックワースは単なる時間ではなく、練習に込められている意図が決定的に重要だと指摘する。
 「やり抜く力」の情熱を支えるのは、「興味」と並んで「目的」だ。〝なんのため〟が曖昧であったり単に自分の快楽のためであれば、人は情熱を高められない。「やり抜く力」の哲人たちは、みな共通して、他者のためにという大きな目的に支えられている。
 ダックワースは発達心理学者ウィリアム・デイモンの言葉を紹介している。

 若者は、実際に目的を持った生き方をしている人の姿を見て、学ぶ必要がある。お手本とする人は家族でも、歴史上の人物でも、政治家でも、誰でもかまわない。その人物の目的が、自分が将来やりたいこととは関係がなくてもかまわない。大事なことは、人びとのためになにかを成し遂げることは可能なのだと、身をもって示してくれる人がいるということなのだ。

楽観主義と励まし

 そして、これが決定的になるのだが、自分や他人の能力をどう見るか。つまり、人間を見つめるうえでの「希望」である。
 人間の能力は備わった基本的なものでありほとんど変えることができないという「固定思考」か、人間は変われる、成長できると信じる「成長思考」か。「固定思考」の人は、挫折の理由を自分の能力のなさだと考えてしまう。ダックワースは日本の〝七転び八起き〟を紹介して、逆境を楽観的に受け止めることと、励ましの重要さを語る。

 結局、「やり抜く力」を発揮するための視点を取り入れるには、「人間は何でもやればうまくなる」「人は成長する」という認識が欠かせない。私たちは、たとえ人生で打ちのめされても、這い上がれるだけの力を持っていたいと思っている。

 2人の娘を育てる母親でもあるダックワースは、本書の全体を通して、人として善良になっていこうとすることに注意を払っている。この本は、単に競争に勝ち抜くすべを語ったものでも、立派な成果を収めるノウハウを紹介したものでもない。
 たとえば、あるフットボールチームで徹底されていることの1つ「時間前行動」について。時間を厳守する、遅刻をしない、その理由をコーチがダックワースに語っている。

 相手に対する敬意の表れだからです。ささいなことでも、最善を尽くすのが大事だと考えているんです。

 人間の命が持っている豊かな可能性。他者とつながり、他者を幸福にしていきたいという本然的な情熱。そうした行動を実践している人物を自分の生きる規範としていくこと。人を励まし、人からの励ましを求めていくこと。そして、どのような絶望の淵に立たされても、希望を抱いて再び立ち上がっていくこと。
 本書には、教育やビジネス、スポーツの指導者、これから何事かを成し遂げていこうとする人はもちろん、最後まで幸福感をもって人生を走り切るためにも、大切なメッセージが詰まっている。

 

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『やり抜く力――人生のあらゆる成功を決める「究極の能力」を身につける』
アンジェラ・ダックワース著/神崎朗子訳

価格 1,728円/ダイヤモンド社/2016年9月9日発刊
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東 晋平 ひがし・しんぺい●神戸市生まれ。駒澤大学文学部卒。『アーティストになれる人、なれない人』(マガジンハウス)、『彩花へ「生きる力」をありがとう』(河出書房新社)、『彩花が教えてくれた幸福』(ポプラ社)などを企画構成。編訳に『オーランド・セペダ自伝』(潮出版社)。共著に『酒鬼薔薇聖斗への手紙』(宝島社)。他に詩人アンドレ・シェニエを描いたアニメ『革命の若き空』の脚本など。