アピチャッポンの最新作、日本初公開――映画『光りの墓』

ライター
倉木健人

眠り病にかかった兵士たち

 世界が注目するタイの現代美術家にして映画作家でもあるアピチャッポン・ウィーラセタクン。2016年の日本がさながら〝アピチャッポン・イヤー〟になることは、以前に『世紀の光』についての本欄で述べた。
 その『世紀の光』に続いて3月26日から順次公開されるのが、この『光りの墓』だ。フランスの「ル・モンド」紙が「彼は新しい映画史を書いている」と評したアピチャッポンの、まさに最新作である。
 数年前にアピチャッポンは、謎めいた病気に罹患した40人の兵士たちがタイ北部の病院に隔離されているというニュースを読んだ。この話に自分が育ったイサーン地方(タイ東北部)を重ね合わせて、イマジネーションを膨らませたのが本作なのだという。光りの墓_サブ1 まさに彼が育った街コーンケンが舞台。奇妙な〝眠り病〟にかかった兵士たちが、学校だった建物に仮設された病院のベッドに眠り続けている。
 知り合いの看護師を訪ねてこの病院にやってきた主婦のジェンは、かつてここの学校の生徒だった。
 ジェンは、眠り続ける兵士のなかで見舞う家族のいない、イットという長身の男の世話をはじめる。さらに病院には、死者と交信したり前世を見ることができる能力を持ったケンという女性がいて、不思議な話をジェンに聞かせる。
 やがて説き明かされていく秘密。この病院の場所には、古代の王たちの墓があり、かつてここでは何千年もの間、王たちの戦が繰り返されてきた。兵士の眠り病はその古代の王たちと関係がある……。

「人間的なユーモア」の再発見

 アピチャッポンが育った東北部のイサーンは、メコン川をはさんでラオスやカンボジアと国境を接している。実際、人々の言葉や風貌も、ラオ人やクメール人と共通するものが多い。映画の中でも、登場人物たちはイサーン方言で話している。
 登場人物たちが眠ったり起きたりを繰り返し、そこに数千年にわたる古代の王たちの争いが明かされ、今もその呪縛が若い兵士たちの奇病となって続いているという不思議なストーリー。
 この映画についてアピチャッポンは「熱病の国家、タイについての熟考」と自ら評したそうだ。

 絶対君主制から立憲君主制へと政府のシステムを変えた1932年以来、クーデターが何度も繰り返されています。僕らには、夢の循環があり、クーデターの循環があります。(公式カタログに掲載されたインタビュー)

光りの墓_サブ2 アピチャッポンはこの映画のなかで、けっしてあからさまな〝政治批判〟をしない。彼自身の一夜の夢を再現するような新しい様式の映画は、客席の私たちをも夢の中に誘い込む。
 いったい、映画を見ている私たちは覚醒しているのか夢を見ているのか判然としなくなり、「現在と過去」、「生と死」、「虚と実」が混然一体となる。それはまるで自分の生命の深い層に潜行していくような体験だ。
 彼はそうした生命の深部を覗き込ませる手法を介して、社会が共有してきた〝人間的なもの〟の記憶あるいは脈動を、人々に感じさせようとしているように思われる。
 1人1人が自分の生命の内側に視線を向けること。そこからアピチャッポンの言う〝人間的なユーモア〟という、温かく、優しく、しかし強靭な何かが立ち上がってくること。新しい世界は、そのなかから現れてくるのだと、彼は確信しているのだと思う。
 

『光りの墓』(英語題:CEMETERY OF SPLENDOUR)

2016年3月26日(土)よりシアター・イメージフォーラムほか全国順次ロードショー

『ブンミおじさんの森』でカンヌ映画祭パルムドール(最高賞)を受賞したアピチャッポン・ウィーラセタクンの最新作がいよいよ公開!

製作・脚本・監督:アピチャッポン・ウィーラセタクン
撮影監督:ディエゴ・ガルシア
美術:エーカラット・ホームラオー
音響デザイン:アックリットチャルーム・カンラヤーナミット
編集:リー・チャータメーティークン
ライン・プロデューサー:スチャーダー・スワンナソーン
第1助監督:ソムポット・チットケーソーンポン
プロデューサー:キース・グリフィス、サイモン・フィールド、シャルル・ド・モー、ミヒャエル・ヴェーバー、ハンス・ガイセンデルファー

キャスト
ジェン:ジェンジラー・ポンパット・ワイドナー
イット:バンロップ・ロームノーイ
ケン:ジャリンパッタラー・ルアンラム

原題:รักที่ขอนแก่น
2015年|タイ、イギリス、フランス、ドイツ、マレーシア|122分|5.1surround|DCP 
タイ語翻訳:福冨渉
日本語字幕:間渕康子 
配給・宣伝:ムヴィオラ
宣伝協力:boid 

2016アピチャッポン・イヤー公式サイト

© Kick The Machine Films / Illuminations Films (Past Lives) / Anna Sanders Films / Geißendörfer Film-und Fernsehproduktion /Match Factory Productions / Astro Shaw (2015)


くらき・けんと●1963年生まれ。編集プロダクションで主に舞台・映画関係の記事づくりにたずさわる。幾多の世界的映画監督にインタビューを重ねてきた経験があり、WEB第三文明で映画評を不定期に掲載予定。趣味は旅行と料理。