maiko_main1

日本人プリマドンナの感動ドキュメンタリー――映画『Maiko マイコふたたびの白鳥』

ライター
倉木健人

キャリアと出産の間で揺れるプリンシパル

 西野麻衣子は、ノルウェーで一番有名な日本人だ。名門ノルウェー国立バレエ団で、東洋人初のプリンシパルとなり、今や永久契約ダンサーともなった。
 この映画は、新聞記事で麻衣子のことを知ったという、ノルウェーの女性監督オセ・スベンハイム・ドリブネスによる70分のドキュメンタリーである。
 オセが麻衣子を撮りはじめたとき、麻衣子は31歳になっていた。優美な舞台とはかけ離れた、トップの座を守り通すための血のにじむような日々の鍛練。トウシューズの中のテーピングだらけの足。
 カメラはさらに、夫・ニコライとのプライベートな時間も追っていく。ニコライはオペラハウスの芸術監督で、いつも穏やかな笑顔で麻衣子を包み込む。Maiko_sub1 麻衣子は15歳で単身、英国ロイヤルバレエスクールに入学した。それをするために麻衣子の両親は自宅も車も売った。麻衣子が今日のキャリアをつかみ取れたのも、両親の恩に報いたいという強い気持ちがあったからだ。
 麻衣子の負けん気の強さは母ゆずり。だが、その母は麻衣子に言う。「そろそろ自分の人生も考えて。なにもトップでなくても……」。
 プリンシパルとしてのキャリアを1日でも長く続けたいという思いと、愛する夫との間に子供を授かりたいという思いに揺れる麻衣子。
 そして、ある日、ニコライと一緒に訪れた産婦人科で、麻衣子のお腹にあてられたエコーが新しい心臓の音を拾う。

「男女平等」「育児・教育支援」の最先進国

Maiko_sub4

 バレエ団は、ずっと先の公演まで麻衣子の名前をプログラムに入れて発表している。しばらくは周囲に黙って舞台に立ち続けるが、レオタード姿は身体のラインの変化を隠し通せない。7週目になって、監督とバレエマスターに妊娠した事実を語る麻衣子。
 このときの同僚たちの反応は1つの見どころだ。彼ら彼女らは、いささかも顔を曇らせることなく、心からの祝福を麻衣子に贈る。
 ノルウェーでは男女は完全に平等で、育児も男女が一緒にやる。夫婦合わせて有給で最大54週間の育児休暇、父親も最低3カ月の育休を取らなければならないと法律で定められている。
 麻衣子の母親もキャリアウーマンで、麻衣子を生んですぐに職場に復帰した。彼女はそんな母を尊敬してきた。
 だから、自分が今回、長男アイリフを出産したあとも、すぐにトレーニングを開始して『白鳥の湖』での舞台復帰をめざした。ニコライも「僕が休暇を取るから、一緒にがんばろう」と励ます。
 このドキュメンタリー映画には、2つの見るべきストーリーがある。
 1つは、麻衣子という日本人女性が異国の地で夢を実現し、そのキャリアとの間で葛藤しながら母となっていく物語である。コテコテの大阪弁でやりあう、麻衣子と母親とのコミュニケーションも心温まる。
 もう1つは、「男女平等」の先端をいくノルウェーという国の制度と、その制度がもたらしている人々の寛容で開かれた精神性だ。
 物価は平均して日本の3倍ほどもする代わりに、妊娠中のケアも出産も無料。生まれてきた子供は14歳まで医療費がタダ。スクリーンでは、北欧らしい美しい街並みや建築も目が離せない。ただこのノルウェーでも、30年前には育休を取る父親など皆無だった。
 折しも日本では国会議員の育休をめぐって議論が沸騰している。その意味でも、とてもタイムリーな日本での公開となった。
 

『Maiko マイコふたたびの白鳥』(原題:Maiko : Dancing Child)

2016年2月20日 ヒューマントラストシネマ有楽町、YEBIS GARDEN CINEMAほか全国順次ロードショー

世界のトップで活躍する日本人プリマ、西野麻衣子。
美と技術を極めたプリマの姿、キャリアと出産の間でキャリアと出産の間でキャリアと出産の間で悩み、揺れる、等身大の女性の姿が絡み合って胸を揺さぶる、感動のバレエキュメンタリー。

監督/脚本:オセ・ス ベンハイムドリブネ
プロデューサ:トネ・グッヨルド 、アニータ・レホフラシェン
音楽:ノルウェー国立オペラ管弦団

出演
西野・エケベルグ・麻衣子
西野衣津栄
イングリッド・ロレンツェン (バレエ芸術監督)
二コライ・二シノ・工ケベルグ
アイリフ・アツオ・二シノ・工ケベルグ
西野敦夫
ノルウェー国立バレエ団

2015年|ドキュメンタリー|ノルウェー|70分|英語・ノルウェー語・日本語|カラー|DCP
提供:ハピネット
配給:ハピネット/ミモザフィルムズ
後援:ノルウェー王国大使館
協賛:チャコット/シルビア

『Maiko マイコふたたびの白鳥』公式サイト


くらき・けんと●1963年生まれ。編集プロダクションで主に舞台・映画関係の記事づくりにたずさわる。幾多の世界的映画監督にインタビューを重ねてきた経験があり、WEB第三文明で映画評を不定期に掲載予定。趣味は旅行と料理。