カンヌ映画祭が絶賛。禁じられた「愛」の物語――映画『キャロル』

ライター
倉木健人

ミリオンセラーとなった原作

 パトリシア・ハイスミスという作家の名前を聞いて、すぐに作品名が出てくる人は、かなりの文学通か映画ファンだろう。
 彼女には代表的な長編が3つあり、1つは『見知らぬ乗客』(1950年)、1つは『太陽がいっぱい』(1955年)。前者は次の年にヒッチコックによって映画化され、後者はいうまでもなく名優アラン・ドロンを一躍スターダムに押し上げた映画となった。
 ほかにも『アメリカの友人』『ふくろうの叫び』など、ハイスミス原作の映画は20本以上に上る。
 その彼女の長編のもう1つが、この映画『キャロル』の原作となった『The Price of Salt(よろこびの代償)』である。1952年に出版され、翌年ペーパーバック版が出ると、当時としては異例のミリオンセラーとなった。
 ただし、最初の『見知らぬ乗客』がすでにヒッチコック映画となってヒットし、自身の意に反して〝サスペンス作家〟にされていたハイスミスは、サスペンスではない『よろこびの代償』をクレア・モーガンという別名義で出版せざるを得なかった。
 なぜなら、この小説が主題として扱ったことは、当時の米国では法律で禁じられていたことがらだからだ。

じっと見つめる視線

 1952年のクリスマスが近づくマンハッタン。高級デパートのおもちゃ売り場でアルバイトをしているテレーズ。いつかカメラマンになることを夢見る彼女は、恋人のリチャードから結婚を迫られながらも、踏み切れずにいる。

© NUMBER 9 FILMS (CAROL) LIMITED / CHANNEL FOUR TELEVISION CORPORATION 2014 ALL RIGHTS RESERVED

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 ある日、おもちゃ売り場に立っていたテレーズは、1人の女性客に目がとまる。幼い娘のクリスマスプレゼントを探しに来ていたキャロルだ。大人の魅力をたたえた、息をのむほどの美貌と優雅なたたずまいに、若いテレーズの視線は釘付けとなる。
 自分をじっと見つめる視線に気づいたキャロルは、テレーズのもとに来て、一緒にプレゼントを選んでほしいと言い、自宅への配送手配を依頼した。
 キャロルが立ち去ったあと、置き忘れられていた手袋。テレーズは、すぐにそれをキャロルの自宅に郵送する。
 デパートにキャロルから電話がかかってきた。手袋を届けてくれたお礼にランチをご馳走したいと。翌日、指定されたレストランにテレーズが行くと、キャロルは自分は愛のない打算的な結婚生活を送っており、もう離婚も決まっているのだと明かす。
 別居中の夫は、キャロルが自分のもとに戻らないのなら娘の親権を認めないと脅してきた。キャロルはテレーズを誘い、西へ向かう旅に出る。

カンヌで6分間のスタンディング・オベーション

 監督は、ボブ・ディランの半生を描いた『アイム・ノット・ゼア』でアカデミー賞を受賞しているトッド・ヘインズ。

© NUMBER 9 FILMS (CAROL) LIMITED / CHANNEL FOUR TELEVISION CORPORATION 2014 ALL RIGHTS RESERVED

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 キャロルにはケイト・ブランシェット。『エリザベス』で女王エリザベス一世を演じ、ウッディ・アレン監督の『ブルージャスミン』でアカデミー賞主演女優賞を獲得した。
 そしてテレーズにはルーニー・マーラ。本作で2015年カンヌ映画祭コンペティション部門の主演女優賞に輝いた。
 カンヌ映画祭の上映会では、客席から感動と賞讃の歓声がやまず、出演者らへのスタンディング・オベーションが6分間も続いた。
 2016年のアカデミー賞でも、ケイトとルーニーはそれぞれ主演女優賞、助演女優賞にノミネートされている。
 60年前のニューヨークを再現するために、撮影は戦前の建物が並ぶオハイオ州シンシナティでおこなわれた。アイゼンハワー政権のきらびやかさが到来する前の空気感を出すため、美術スタッフは当時のフォトジャーナリズムやドキュメンタリー映画に見入った。
 トッド監督は、これは、ふたりの人間が激しく惹かれ合うラブストーリーだとして、こう語っている。

 僕はこれまで、愛というよりは純粋な欲望を描いてきたと言えるかもしれない。また、僕の映画はアイデンティティの問題も取り上げている。意識的にせよ、無意識的にせよ、ひとつのアイデンティティに限定する困難についての問題をね。

 この『キャロル』は、エンディングがたとえば『ブロークバック・マウンテン』などのような悲劇にはなっていないことも話題になっている。テレーズとキャロルの間に何が起き、どう展開していくのか。エンディングから何が始まるのか。映画館でカンヌの興奮を確かめてほしい。
 
 

『キャロル』(原題:Carol)

2月11日(祝・木)より全国ロードショー

本年度アカデミー賞最有力!!
ケイト・ブランシェットとルーニー・マーラ、ふたりの競演にため息。夢のように美しく­、忘れられない愛の名作、誕生。

監督:トッド・ヘインズ(「エデンより彼方へ」)
出演:ケイト・ブランシェット(アカデミー賞主演女優賞®受賞「ブルージャスミン」)
   ルーニ・マーラ (アカデミー賞®主演女優賞ノミネート「ドラゴンタトゥーの女」)
原作:パトリシア・ハイスミス(「太陽がいっぱい」「殺意の迷宮」)

© NUMBER 9 FILMS (CAROL) LIMITED / CHANNEL FOUR TELEVISION CORPORATION 2014 ALL RIGHTS RESERVED

映画『キャロル』公式サイト


くらき・けんと●1963年生まれ。編集プロダクションで主に舞台・映画関係の記事づくりにたずさわる。幾多の世界的映画監督にインタビューを重ねてきた経験があり、WEB第三文明で映画評を不定期に掲載予定。趣味は旅行と料理。