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巨匠マファルバフが描く〝平和への寓話〟――映画『独裁者と小さな孫』

ライター
倉木健人

「アラブの春」で脚本を練る

 モフセン・マファルバフ監督はイラン出身。これまで各地の国際映画祭で50以上もの賞を受賞し、なかでもタリバン政権下のアフガニスタンを描いた「カンダハール」(2001年)はカンヌ国際映画祭エキュメニック賞に輝き、タイム誌が選ぶ歴代映画ベスト100にも選出された。
 映画監督のほかにも人権活動家としての顔を持ち、アフガニスタンで2年間暮らして、学校建設など人権プロジェクトを進めてきた。一方でイランでは政府から作品の上映を禁じられたことで、2005年から抗議の意思を示すため自国を離れ、現在はロンドンとパリを拠点に活動している。
 さて、2014年に作られた本作の原題は「THE PRESIDENT」。架空の独裁国家が舞台である。ロケ地には黒海とカスピ海の間にあるジョージア(旧呼称グルジア)が使われ、主役の大統領にもジョージア出身の俳優ミシャ・ゴミアシュウィリが起用された。
 自身が政治弾圧から事実上の亡命を余儀なくされているモフセン・マファルバフが描いたのは、クーデターによって地位を追われ首に懸賞金が懸けられた冷酷な独裁者と、その幼い孫の物語である。
 監督は8年ほど前、アフガニスタンのカブールで、廃墟と化したダルラマン宮殿から街を眺めている時に、この映画の最初の着想を得たという。メイン1-1
 その後、2010年にチュニジアでジャスミン革命が起きると、「アラブの春」はアラブの国々に拡大。エジプトやリビアで政権が倒され、シリアでは今日に至る内戦が続いている。香港や米国などでも民主化運動や政権への抗議運動が広がった。監督は、そのなかで映画の脚本を練り上げていった。

「憎悪」で権力を倒そうとする愚かさ

 今もなお世界では数十の国で独裁的な政治体制が敷かれており、一方で民主化運動によって政権が倒された国でも新たな暴力や弾圧が生まれている。モフセン・マファルバフ監督が本作で描こうとしたのは、その〝憎悪と暴力の連鎖〟の愚かさである。
 邪悪な権力を倒すために、もっとも有効なのは権力者への人々の「憎悪」だ。自分たちがまさしく圧政の被害者であり、相手がたしかに邪悪だからこそ、人々は自分たちが抱いている憎悪に対し、いささかのためらいもない。
 けれども「憎悪」という暴力を容認し正当化してしまった運動は、自分たちを脅かす者をことごとく敵と見なし、それを叩き潰すことに躊躇しなくなる。その結果、きのうまで権力と戦っていた者が、きょうは権力者として反対派を弾圧することになる。メイン2-1
 モフセン・マファルバフ監督は、日本公開へのメッセージの中で語っている。

 本作は権力、和解、そして果てなき暴力の連鎖を断ち切ることへの希望について語る現代の寓話であり、自由と民主主義を求める革命の末に暴力に歯止めがかかる可能性を模索した作品です。

 圧政のうえに絶大な権力を誇っていた大統領は、5歳の孫を抱えて逃避行を続ける。民衆を同じ人間と思っていなかったような冷血な独裁者が、純真無垢な少年と一緒に逃げる姿は、この権力者もまた一個の尊厳をもった人間であることを観る者に感じさせる。
 この映画はヴェネツィア国際映画祭のオープニング作品に選出され、シカゴ国際映画祭最優秀作品賞、東京フィルメックス観客賞、ベイルート国際映画祭観客賞など、各国で話題をさらった。
 自身がイスラム革命に身を投じ、アフガンで人権運動を続け、祖国から弾圧され亡命生活を余儀なくされているモフセン・マファルバフ監督が、どのような未来を提示しようとしているのか、ぜひ映画館に足を運んで確かめてほしい。
 

『独裁者と小さな孫』(原題:THE PRESIDENT)

『カンダハール』の巨匠モフセン・マフマルバフ最高傑作

12月12日(土)より、新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ有楽町 他全国公開

2014年ヴェネツィア国際映画祭オープニング作品・オリゾンティ部門
2014年シカゴ国際映画祭 最優秀作品賞受賞
2014年東京フィルメックス観客賞受賞
2014年ベイルート国際映画祭?観客賞受賞
2014年釜山国際映画祭ガラ部門?出品作品
2014年ロンドン映画祭コンペティション部門出品作品
2014年ワルシャワ映画祭特別上映作品
2014年インド国際映画祭レトロスペクティブ部門出品作品
2014年トビリシ国際映画祭オープニング作品

出演:ミシャ・ゴミアシュウィリ、ダチ・オルウェラシュウィリ
監督:モフセン・マフマルバフ
脚本:モフセン・マフマルバフ、マルズィエ・メシュキニ

2014年|ジョージア=フランス=イギリス=ドイツ|ジョージア語|カラー|ビスタ|デジタル|119分|
配給:シンカ
提供:シンカ 朝日新聞社
宣伝:オデュッセイア・ブラウニー 
後援:ジョージア大使館

公式サイト『独裁者と小さな孫』


くらき・けんと●1963年生まれ。編集プロダクションで主に舞台・映画関係の記事づくりにたずさわる。幾多の世界的映画監督にインタビューを重ねてきた経験があり、WEB第三文明で映画評を不定期に掲載予定。趣味は旅行と料理。