巨匠が贈る「対話への行動」促すメッセージ――映画『サンドラの週末』

ライター
倉木健人

※このコラムには、2015年5月23日公開 映画『サンドラの週末』のストーリーなど内容についての記述があります。

1人を解雇するか、全員のボーナスをあきらめるか

 カンヌ映画祭で史上初の5作品連続受賞。しかも2度のパルムドール大賞。その巨匠・ダルデンヌ兄弟の最新作『サンドラの週末』が日本でも公開になる。
 ジャン=ピエール・ダルデンヌ(兄)とリュック・ダルデンヌ(弟)の2人は、一貫して〝社会の枠からはみ出してしまった人〟を主人公に映画を撮り、世界に衝撃と共感を与えてきた。

©Les Films du Fleuve -Archipel 35 -Bim Distribuzione -Eyeworks -RTBF(Télévisions, belge) -France 2 Cinéma

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 少年犯罪の加害者、トレーラーハウスで暮らす少女、赤ん坊を売ってしまう父親、育児放棄された少年などなど。
 しかし兄弟は、社会の矛盾を告発したり断罪するというような意図を持っているわけではない。多くの問題を抱えた、名もない、豊かではない人間が、ふとしたきっかけで〝他者〟と心を通わせていく。そこから生まれる小さな変化。あるいは変化への予感。兄弟が常に描き続けるのは、その人間の中に微かに見える光である。
 本作の主人公サンドラは、飲食店に勤める夫マニュと共働きをしながら2人の子どもを育てている。働いている場所は、ソーラーパネルの小さな工場。どうやら彼女は心身のバランスを崩し、しばらく休職していた。
 ようやく体調も戻りかけ、職場復帰しようとした矢先の金曜日、彼女は会社から解雇を言い渡される。アジア企業の台頭で経営が圧迫されている会社側としては、社員へのボーナスを払うために1人を解雇しなければならないのだという。
 これまで17人の従業員を抱えていたが、サンドラの休職中に16人でも工場を回していけることがわかった社長は、もはや1人の首を切ることに躊躇がない。職を失えばサンドラは、やっと手に入れた家にも住み続けられなくなる。

©Les Films du Fleuve -Archipel 35 -Bim Distribuzione -Eyeworks -RTBF(Télévisions, belge) -France 2 Cinéma

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 サンドラを思う同僚の計らいで、とりあえず週明けの月曜日にサンドラを除く16人が投票をして、ボーナスをあきらめて彼女を復帰させるか、サンドラの解雇に同意してボーナスを全員がもらうかを決めることになった。
 どうせダメに決まっている。震える手で精神安定剤を飲むサンドラに、夫マニュは「同僚たちを説得しよう」と忍耐強く励ます。まだ完全でない体調のなか、週末の2日間、サンドラは一軒一軒、同僚たちの家を訪ねる。

「対話によって人は善く変われる」

 物語が描くのは、典型的な今の世界だろう。人も企業も国も、あらゆるものが競争を強いられている時代。コストパフォーマンスがすべてに優先され、人はあからさまに〝取り替え可能な部品〟として扱われている。サンドラはその只中に置かれている。
 ここでもダルデンヌ兄弟は、大上段にそうした社会を断罪しているわけではない。運命に流されようとするサンドラに、夫マニュの口を借りて智慧と励ましを贈る。安定剤を飲んでベッドの中に逃げ込むサンドラに、マニュは「対話への行動を起こせ」と促す。
 ダルデンヌ兄弟は、『第三文明』のインタビューで語っている。

ジャン=ピエール 人はどうすれば他人の身になれるかということです。そして他人の身になって「同苦」してみたときに、自分自身も変わっていくのです。最終的に、サンドラは自分が対話をした全員のおかげで、生きることに自信を取り戻します。
リュック 人は、人と出会い、対話することによって、より善く変われるのです。これは人間存在にとっての最高の希望ではないでしょうか。(『第三文明』2015年6月号)

©Les Films du Fleuve -Archipel 35 -Bim Distribuzione -Eyeworks -RTBF(Télévisions, belge) -France 2 Cinéma

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 スクリーンを見つめている私たちは当初、サンドラの不安定さに引きずられ、希望を見出せないまま立ちすくんでしまう。夫のマニュは、その私たちに語りかける。「大丈夫だ。やってみなければわからない」と。
 絶望的な状況がどう変わるのかということだけに関心を奪われていた私たちは、やがて気がつく。そうではなく別の何かが、サンドラの身の上だけでなく、見ている私たちの心の中でも動きはじめていることに。
 
 

『サンドラの週末』(原題:DEUX JOURS, UNE NUIT)
5月23日(土)より、Bunkamuraル・シネマ、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国ロードショー!

第87回アカデミー賞 主演女優賞ノミネート、ほか世界中の映画祭が絶賛!

研ぎ澄まされた演出で常に新しい世界を提示するダルデンヌ兄弟と華やかさを封印し確かな演技力を遺憾なく発揮したマリオン・コティヤール。この最強の組み合わせから〝人の強さを信じる〟感動の物語が誕生した。

『ロゼッタ』『ある子供』でカンヌ国際映画祭最高賞パルムドールに2度輝くダルデンヌ兄弟が、アカデミー賞®女優マリオン・コティヤールを主役に起用した最新作『サンドラの週末』。
 体調不良から休職をしていたが、ようやく復職できることになった矢先の金曜日に、上司から解雇を言い渡された主人公サンドラ。解雇を免れる方法は、過半数の同僚たちが自らのボーナスを諦めること。ボーナスをとるか、サンドラをとるか、月曜日の投票に向け、サンドラは夫に支えられながら、週末の二日間、同僚たちを説得に回る。シンプルな展開ながら次の展開が読めず、目が離せません。

出演:マリオン・コティヤール、ファブリツィオ・ロンジォーネ
監督・脚本:ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ

2014年|ベルギー=フランス=イタリア|95分| 
日本語字幕:寺尾次郎

後援:ベルギー大使館、ユニフランス・フィルムズ
提供:ギャガGAGA
共同提供:ビターズ・エンド、サードストリート、KADOKAWA、WOWOW
配給:ビターズ・エンド

© Les Films du Fleuve -Archipel 35 -Bim Distribuzione -Eyeworks -RTBF(Télévisions, belge) -France 2 Cinéma

『サンドラの週末』(外部サイト)


くらき・けんと●1963年生まれ。編集プロダクションで主に舞台・映画関係の記事づくりにたずさわる。幾多の世界的映画監督にインタビューを重ねてきた経験があり、WEB第三文明で映画評を不定期に掲載予定。趣味は旅行と料理。