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葦の髄から時評vol.6 裸で歩く男――日本社会から〝精神の柔らかさ〟を奪っているのは誰か

ジャーナリスト/編集者
東 晋平

異質な他者への共感をどう育むか

 公共の場でも常に裸でいる主義の英国人男性が、英政府に自分の権利を侵害されたと訴えていた裁判で、2014年10月、欧州人権裁判所は訴えを退ける判決を下した。
 AFP通信の記事によると、男性は裸で道路を歩き回るなどして何度も逮捕され、過去7年間を刑務所で過ごしてきたという。起訴された裁判にも裸で出廷したり、刑務所から裸で出所してそのまま再逮捕ということもあったそうだ。
 判決は、

「本件は原告のかたくなな姿勢のために、通常それ自体は微罪でしかない事柄によって原告が相当期間、服役したという点で厄介である」(AFP通信2014年10月29日

とし、

「他人には不快に映るかもしれない自身の行為について感受性を一切見せることなく」「いつでもどんなところでも自分が裸でいる権利に執着している」(

と非難している。
 そして男性は、この判決に「失望した」と語り、これからも裸で公共の場に出る行為を続けると誓ったそうだ。
 脳科学では、この〝他者への感受性〟をつかさどるのは前頭前野だとされる。人を欲望のままに駆り立てようとする脳の真ん中の領域を、この前頭前野が制御している。
 ただ、脳科学者の中野信子さんによると、ヒトとサルにしかない前頭前野は、胃や腸などに比べるとまだ進化の歴史の浅い器官であり、「いちばん最近建て増ししたプレハブみたいなもの」(田原総一朗対談/『潮』2014年11月号)なのだそうだ。おまけに発達に時間がかかり、一般的に25歳くらいでようやく完成する。子どもが平気で残酷なことをしがちなのは、前頭前野が未完成で他者の感情や喜怒哀楽を理解し共鳴する能力が未発達だからという。
 じつは欧州人権裁判所の判決の記事と同じ日に、「東洋経済オンライン」でボストン在住のジャーナリスト菅谷明子さんのインタビューを読んだ。菅谷さんはハーバード大学ニーマン・ジャーナリズム財団役員を務め、2女の母でもある。
 その小学校3年生の娘さんの担任との面談で、菅谷さんは娘さんの読書のしかたに注意を受けたそうだ。いわく、

「お嬢さんの読書は、登場人物や場面が自分の考え方や境遇と近いことに共通項を見いだして読んだり、内容に共感するだけにとどまっています。こういう読み方をしていると、せっかくの新しい学びの機会を生かせない」(東洋経済オンライン「本の読み方ひとつで、子どもは変わる!」)

と。
 そして、

「読書の目的は、自分がまったく体験したことのないことや、持ったことのない感情に触れることで、思考や共感の幅を広げていくことです」(」)

と教えられて、認識を新たにさせられたと述べておられた。

『知日』が売れる中国と、ヘイト本が売れる日本と

 87年から日本で暮らしている中国人作家の毛丹青さんが、20代の北京の若者たちと一緒に『知日』という雑誌を中国で立ち上げたのは2011年1月のことだ。名前のとおり、日本というテーマに特化した雑誌である。
 直前の10年9月には、あの尖閣での漁船衝突事件が起きていて、当時の中国では暴徒化して日系商店を襲撃するような反日デモが各地で吹き荒れていた。その数年前から雑誌発刊の相談を受けていた毛さんは、この事件で反日デモが連鎖したタイミングを、あえて好機と判断して創刊を指示した。
 ふつうなら企画そのものがお蔵入りになっても不思議ではない。だが毛さんは

「〝日本が嫌いだ〟と言うにしても、日本を知らないままに言っていたら心の奥に違和感が残る。知りたいという気持ちが生まれるはずだ」

と確信したそうだ。
 事実、この創刊号はバッシングされるどころか、中国の若い世代の知的好奇心に訴求して成功をおさめ、その後も熱心なファンを拡大し、今では通巻30巻に近づいた。
 その成功の理由として毛さんは、購買層のニーズを知り尽くした中国の若い編集者の目線でテーマを選んでいること、広告や助成金をいっさい受け取らず、あくまでも自分たちの好奇心で「日本」を切り取っていることを挙げる。
 制服、猫、バイク、手帳、妖怪、森ガールと、毎号のテーマは尽きない。べつに日本を礼賛しているわけでもない。若い編集者たちは、単純に日本のさまざまなものに関心を持ち、それらを〝知る〟ことそのものを楽しんでいる。毛さんの言葉を借りれば「あたかも鏡に向かうように、日本を知ることが中国を知ること、自分たち自身の智慧を発見することに通じていく」のだという。
 あのボストンの小学校の先生が諭した、「自分がまったく体験したことのないことや、持ったことのない感情に触れることで、思考や共感の幅を広げていくこと」を、中国の『知日』読者たちは楽しみながら実践し、それが消費として成り立っている。
 対する日本の書店には、このところ「嫌中」「嫌韓」といったタイトルの隣国への憎悪と排外主義を煽る本が氾濫している。出版不況の久しい中で、売れるからという理由で出版社は次々におぞましい本を作り、書店も売れ筋としてアピールする。
 こうした書籍の購買層が圧倒的に50代以上の中高年であることが、出版関係者のシンポジウムなどで明らかになっている。しばしば今の日本の若い世代が「内向き」だと語られるが、むしろ日本社会から精神の柔らかさを奪っているのは、その親から上の世代なのではないのか。
 冒頭に紹介した、あの欧州人権裁判所の判決の報道を目にした刹那、私の脳裏に連想されたのは、今やこの国のいたるところにいる、他者への想像力を欠いた憂鬱な眼でうろつく無数の裸の人々である。


東 晋平 ひがし・しんぺい●1963年、神戸市生まれ。フリーランス文筆/編集。著書に、『彩花へ――「生きる力」をありがとう』(企画構成/河出書房新社)、『彩花がおしえてくれた幸福』(共著/ポプラ社)、『「酒鬼薔薇聖斗」への手紙』(共著/宝島社)、『オーランド・セペダ自伝』(編訳/潮出版社)、『アーティストになれる人、なれない人』(企画構成/マガジンハウス)など。チュラロンコン大学、東京大学、早稲田大学、関西大学など講演多数。