クラピッシュ監督の〝3部作〟がついに完結――映画評『ニューヨークの巴里夫(パリジャン)』

ライター
倉木健人

役柄と一緒に大人になった俳優たち

 JFK(ジョン・F・ケネディ国際空港)から車で西に向かうと、やがて19世紀に竣工した巨大なブルックリン橋にさしかかり、右手前方の彼方にエンパイアステートビルの尖塔が見えてくる。それは旅人の誰もが「ああ、ついにニューヨークに着いたのだな」と実感する瞬間だ。
 この映画でも、登場人物たちはそんなふうにしてパリからニューヨークにやって来る。

Ⓒ2013 Ce Qui Me Meut Motion Picture - CN2 Productions - STUDIOCANAL - RTBF - France 2 Cinéma

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 『ニューヨークの巴里夫(パリジャン)』は、セドリック・クラピッシュ監督の『スパニッシュ・アパートメント』(2001年)、『ロシアン・ドールズ』(05年)という連作の完結編として13年に公開された。原題の「Casse-tete chinois(チャイニーズ・パズル)」は、複雑なパズル、難問、といった意味合いらしい。
 だが、もちろん前の2作をまったく知らずとも、この作品を楽しむことに何の心配もいらない。
 主人公は〝ダメ男〟のグザヴィエ。第1作は、25歳のグザヴィエのバルセロナ留学時代が描かれ、第2作では30歳になった彼が大人の恋愛をする。そして今度の作品では、40歳の小説家になり2児の父となったグザヴィエが、青天の霹靂で妻ウェンディに三行半を突きつけられて物語が転がっていく。
 グザヴィエを演じるのは、このセドリック・クラピッシュ監督に見出されて『青春シンドローム』(1994年)でデビューしたロマン・デュリス。『ロシアン・ドールズ』と同じ2005年に公開された『真夜中のピアニスト』でも主役を演じるなど、フランスを代表する実力派俳優になっている。
 今回、主要な役柄を演じる俳優たちの中には、同じようにこの一連の作品によってスターダムにのぼったケリー・ライリーやセシル・ドゥ・フランスもいる。俳優たちもまた同じように若者から大人の男女に成長してきたわけで、その登場人物たちの重ねた時間とのパラレル具合も本作の魅力だろう。

恐れずに新しいドアを開けていく

 さて、この作品ではまさに邦題のままにニューヨークが主な舞台なのだが、それについてクラピッシュ監督は、

 NYは世界の文化のるつぼで、全ての大陸の文化があそこにあると言ってもいい。人種や宗教、ありとあらゆるものがある。ロンドンや上海、北京も世界的な都市だが、NYにはかなわない。
 (中略)この物語の登場人物は移動する文化の世代の人間たちだ。この3部作は、ヨーロッパのグローバル化についての概念と、その概念の中で成長した世代を描いているのだ。

と語っている。

Ⓒ2013 Ce Qui Me Meut Motion Picture - CN2 Productions - STUDIOCANAL - RTBF - France 2 Cinéma

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 彼が言う「移動する文化の世代」というのは、もちろん字義通りに自分の生まれた場所を身軽に飛び出していく人々のことでもある。同時にそれは、なにより精神的な拘束を免れた自由な世代であり、言語や文化の差異を越えて他者と積極的に交流し、その異質なものとのハレーションの中で自分の中の多様性を発見していく人間たちのことだろう。
 シリーズ第2作のタイトル『ロシアン・ドールズ』(原題も同じ)は、ロシアの有名な民芸品マトリョーシカのことで、あの一番奥にある自分自身の真実を発見していくニュアンスが込められている。
 つまり「移動する文化」とは、何歳になっても恐れずに新しい自分の発見へとドアを開いていく生き方のことなのだ。それがなにも若者だけの特権でないことを、本作は鮮やかに描いている。
『ニューヨークの巴里夫』で主人公グザヴィエが暮らすのはチャイナタウン。原題のチャイニーズ・パズルは、もちろんそのことも踏まえているはず。グザヴィエのかつての恋人マルティーヌ(オドレイ・トトゥ)が、流暢な中国語で中国人を前に漢詩を吟じてみせるシーンは必見だ。
Ⓒ2013 Ce Qui Me Meut Motion Picture - CN2 Productions - STUDIOCANAL - RTBF - France 2 Cinéma

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 その多様なアイデンティティの登場人物たちが、精子提供、離婚、同性愛、偽装結婚、不法就労などなど、多分に今日的な〝人生の複雑なパズル〟に直面するだけでも、この映画のおもしろさとスリルは約束されている。〝中国〟が大きく絡むのも、まさに今日的な世界の断面なのだろう。
 グザヴィエをめぐるそれぞれに個性の異なる女性たちの魅力。なにより、実際に40歳になったロマン・デュリス演じる、どこか頼りなげな冴えない普通の男の、チャーミングさとセクシーさを、ハラハラしながら楽しんでほしい。


『ニューヨークの巴里夫(パリジャン)』(原題:Casse-tête chinois)


2014年12月6日よりBunkamuraル・シネマほか全国順次ロードショー!

映倫:PG12
公開:2014年12月
劇場:Bunkamuraル・シネマ

この恋、最後から何番目?

セドリック・クラピッシュ3部作、完結編!

 シリーズ主要キャストがクラピッシュの元に再結集。
 同世代の観客の心を射止めて大ヒット、共に成長してきた人気シリーズの最新作にして完結編が、遂に完成した。パリの大学生グザヴィエのバルセロナ留学時代をビビッドに綴った『スパニッシュ・アパートメント』(01)、社会人となったものの足元が定まらない彼の恋愛・人生模様を描いた『ロシアン・ドールズ』(05)。あれから10年。人生設計ズレまくりの40歳、グザヴィエの人生のままならなさと悪戦苦闘に、つい噴き出し、思わず共感し、またもドキドキ切なくなること必至。
 グザヴィエを演じるロマン・デュリス、元カノ、マルティーヌを演じるオドレイ・トトゥ、その他、ケリー・ライリーやセシル・ド・フランスなど、本シリーズによるブレイク組も再登場し、1作目からの変化や成長、または変わりなさで大いに観客を楽しませてくれる。一昨年来、世界的な大ヒット作を次々生み出す絶好調のフランス映画の再活況を反映したような、ユーモアと疾走感あふれる恋愛・人間ドラマ。

監督・脚本:セドリック・クラピッシュ 
出演:ロマン・デュリス、オドレイ・トトゥ、セシル・ドゥ・フランス、ケリー・ライリー

2013年|フランス|英語・フランス語|アメリカンビスタ|カラー|117分
配給:彩プロ
宣伝:ミモザフィルムズ
字幕:寺尾次郎
『ニューヨークの巴里夫(パリジャン)』(外部サイト)


くらき・けんと●1963年生まれ。編集プロダクションで主に舞台・映画関係の記事づくりにたずさわる。幾多の世界的映画監督にインタビューを重ねてきた経験があり、WEB第三文明で映画評を不定期に掲載予定。趣味は旅行と料理。