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【コラム】女性必見! 上質な〝大人の娯楽作品〟――インド映画『マダム・イン・ニューヨーク』

フリー編集者
東 晋平

お決まりのボリウッドとはひと味違う

 インドは世界一の「映画大国」だ。長編と短編を合わせて、年間に2000本近い作品が公開されている。なかでもヒンディー語映画の一大制作拠点になっているのが、アラビア海に面した西海岸の都市ムンバイ。1995年まではボンベイと呼ばれていた街で、いつの頃からかムンバイの映画産業界もしくはインド映画そのものを指して、ハリウッドをもじった「ボリウッド(Bollywood)」というネーミングが定着した。
 日本でも、1998年に公開された『踊るマハラジャ』が大ヒットとなったし、2013年も『恋する輪廻 オーム・シャンティ・オーム』が話題になっている。

 さて、まもなく日本で公開される『マダム・イン・ニューヨーク』(原題「English Vinglish」)は、いわゆる主人公たちが歌って踊ってというお決まりのボリウッドとは少し違った、幾重にも味わいと深みのある〝大人の娯楽作品〟に仕上がっている。
 監督・脚本は、これが初の長編となるガウリ・シンデー。1974年生まれの彼女は、自分の母親をモチーフに、この作品を作ったという。
 少数民族の言葉まで含めると、数百とも、それ以上ともいわれるほど言語があるインドでは、別の地方にいけば会話が通じない。英語は公式の書類等で使う公用語であると同時に、インド人同士がコミュニケーションするための共通語でもあるのだ。そのため、小学校ないしは中学校から英語を学ぶわけだが、全体から見れば英語話者は30%前後(それでも米国の人口より多い)と見られ、意外にも英語の苦手な人の割合がまだ高い。
 ガウリ監督の母親も、そんな1人だった。そして、この映画の主人公である主婦のシャシも、家族の中で自分だけ英語が話せないのである。

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 料理は抜群にうまいけれども、英語が話せないため人々との会話に不自由し、夫や娘から軽んじられている――そのことで秘かに傷ついているシャシを演じるのはシュリデヴィ・カプール。2012年の「インド映画史100周年国民投票」で女優部門第1位に輝いた、文字どおりの国民的スターだ。結婚と出産で長らく女優を休業していて、この作品で15年ぶりに銀幕にカムバックした。
 1963年生まれとは信じられないほど、圧倒的にチャーミングで美しい。正確に言うと、どこか年相応の大人の落ち着きを持ちながら、ともかく驚くほど可憐なのだ。この映画の成功は、一にも二にも、彼女から咲きこぼれる〝輝き〟を抜きには語れないと思う。
 その「英語の話せない主婦」が、姪の結婚式の手伝いを頼まれニューヨークにでかける。早速巻き起こるトラブル。そして目にした「4週間で英語が話せます」という英会話学校の広告。そこには同じように英語の苦手な、しかも個性豊かな生徒たちがいた。

「女性の尊厳」と「多様性の尊重」を描く

 2012年秋に封切られるや、この作品はインドで大ヒットを記録した。ひとりの平凡な女性を応援しようとする、一篇の上質な童話のようで、最初から最後まで文句なしに楽しい。
 その上で、描かれているテーマは、きわめて普遍的で今日的なものだ。

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 主人公シャシは、伝統衣装であるサリー以外を身につけることなど考えたこともない保守的で古風な女性であり、家族から十分な尊敬を受けていないと傷つき劣等感を覚えている。その彼女が、まったく価値観も環境も異なるニューヨークでどのように自分を見つめていくのか。ちなみに、作中で次々に披露されるシャシが纏うサリーの美しさも、この映画のもうひとつの醍醐味である。
 私もつい先日、インドを久々に旅したばかり。じつはインドでは、大都市の一部を除けば、昼間でも街中を歩く女性の姿は驚くほど少ない。車中から外を見ていると、景色の9割くらいが男性なのだ。買い物など必要最小限以外、女性は家の中にいるものという保守的な考え方は、今もインドに根強くある。公共交通機関での集団レイプ事件など、男性優位の風潮がもたらす女性への暴力も後を絶たない。ほかにも、インド最高裁は同性愛を違法だとする判決を下しており、同国に刻まれたジェンダーへの差別的な空気には、世界からも懸念が寄せられてきた。
 そうしたインド社会の内側から、インド人女性である監督がみずから脚本を書き、「自分らしく生きる権利」「多様性の尊重」といった、世界にとってもインドにとっても喫緊のものとなっているテーマを、けっして大上段に肩ひじ張ってではなく、ユーモアたっぷりに娯楽作品として、けれども真正面から堂々と描いてみせた。エンドロールを見ながら、なにか胸のすく清々しい喜びを覚えるのは私だけではないと思う。
 世界銀行の発表では、インドは国民総生産で日本を抜き、米国、中国に次ぐ、世界第3位の経済大国となった。2020年代後半には、人口でも中国を抜いて世界一となる。
 ネタバレになるので具体的には書かないが、作品中にはいたるところで「米国なにするものぞ」という、インドの陽気な自信と気概が表現されている。
 平凡な主婦シャシは、どのように成長し、自分を愛せるようになっていくのか。そして家族は何を発見するのか。
 誰もが「もっとお母さんを大切にしなきゃ」と気づかされる、今夏イチオシの映画である。とりわけ、1人でも多くの日本の女性に観ていただきたい。

『マダム・イン・ニューヨーク』(原題:English Vinglish)
6月28日より全国順次公開

 これまでのインド映画のイメージを新しく変え、洗練された語り口で、世界中の女性にエールを送る珠玉作『マダム・イン・ニューヨーク』。
 主演を務めるのはインドの国民的大女優、シュリデヴィ。監督のガウリ・シンデーは、本作が長編デビュー作。インドのアカデミー賞と称されるフィルム・フェア賞で、最優秀新人監督賞に選ばれるなど、ハリウッドを凌駕する映画大国インドにおいて、今もっとも注目を集める女性監督である。


監督・脚本:ガウリ・シンデー
出演:シュリデヴィ、アディル・フセイン、アミターブ・バッチャン、メーディ・ネブー、プリヤ・アーナンド

2012年|インド|ヒンディー語・英語|スコープサイズ|134分
提供:ビオスコープ、アミューズソフトエンタテインメント、彩プロ
配給:彩プロ
宣伝:村井卓実、アルゴ・ピクチャーズ
後援:駐日インド大使館
協力:エア インディア
字幕:石田泰子

映画『マダム・イン・ニューヨーク』公式サイト