【コラム】認知症を社会で支える体制を――65歳以上の高齢者4人に1人が認知症になる時代

ジャーナリスト
柳原滋雄

高齢者の4人に1人が認知症の時代

 高齢化社会の進展で、自分の身の回りに認知症の高齢者がいるのが当たり前の時代に入った。厚生労働省の調査(2012年)によると、全国の65歳以上の高齢者の15%にあたる約462万人が認知症と推計され、さらに認知症の前段階とされるMCI(軽度認知障害)の高齢者も約400万人いて、65歳以上の4人に1人が認知症あるいはその予備軍と見られている。問題は、今後こうした人々が社会的に急増すると予想されることだ。

 認知症の中で最も多いのが、脳の海馬部分が萎縮する「アルツハイマー型認知症」。最も増えているのもこのタイプで、全体の半数以上を占める。さらに脳卒中の発作などによって生じる脳血管性認知症やレビー小体型認知症など、これら3つタイプで認知症の8割を占める。
 それでもアルツハイマー型認知症の場合、最近は新しい薬も出ていて、薬の服用で病気の進行をかなりの程度遅らせることができる。ひと昔前なら認知症と診断されて4~5年で寝たきりになるところを、10年以上先伸ばしすることも可能になっている。

 例えば、私と同世代のTさんは、地方でひとり暮らしをする認知症の母親がいる。母親の様子がどうもおかしいと感じたのは一昨年の春ころ。中学校の同窓会で帰省した際、母親が何度も同じことを聞くのに違和感を覚えたという。最初は何か変だなと感じたが、認知症に対する正しい認識も持たないまま、月日がすぎた。
 あるとき、地域に住む介護関係者から連絡が入り、認知症の疑いがあるので専門医に診てもらったほうがいいと告げられた。
 大学病院のもの忘れ外来に連れ立って受診したのは昨年初めのこと。レントゲンで脳の写真をとると、海馬が萎縮し、認知症の疑いが高まった。それでも口頭試問のテストでは比較的高い点数をとったので、「グレーゾーン」の診断をくだされ、薬を飲みながら様子を見ることになった。それから1年近く、さまざまなことがあったとTさんはため息をつく。

 最も閉口したのは、頻繁にかかってくる電話だという。携帯電話が当たり前の時代なので、時間やタイミングを考慮することなく、直接、頻繁に母親から電話がかかるようになった。仕事で忙しい時間などは電話をとることもできない。わずか1~2時間で、着信履歴が数十件にのぼったことも珍しくない。特に緊急の要件があるわけでもなく、不安な心情がそうした行動をとらせているという。
 週に1~2回、介護関係者が母親の自宅を訪れている。担当医師は、デイサービスを利用することで気分転換を図るように何度か勧めたが、「私はボケていない」と介護施設に通うことは頑なに拒否している状態という。
 そのため、担当するケアマネージャーや介護関係者との連携が、いまは生命線になっていると語る。

病識をもたいないことが特徴の病気

 子育てと違い、いつまで続くかわからないのが介護の最大の特徴だ。
 働き盛りの年代で介護離職者が増えているといったニュースをときおり目にするが、仕事と家族を抱える身なので、Tさんは仕事を辞めてまで帰省する意思は今のところない。
 Tさんは、今後大事になるのは地域力だと感じている。身近な近隣住民、身近な親戚、さらに専門職である介護関係者との連携が欠かせない。
 また地域社会や患者本人にさえ、認知症という病気への偏見がいまも根強くある。「認知症になると何もわからなくなってしまう」といった思い込みがあるためか、「私はボケていない」と信じようとする気持ちが強い。

 Tさんが最近強く感じていることの1つは、自分が認知症であるという自覚を持たないところに最大の特徴がある病気というものだ。通常のもの忘れなら、自身を客観視することで忘れていることに気づくこともできるが、認知症の場合、自分が忘れていること自体を理解できないため、さまざまな事柄について人のせいにするなどし、家族や関係者を無用なトラブルに巻き込みがちだ。
 お金や通帳の管理でも、どこに置いたかを忘れてしまう。「忘れていることを理解できなくなる」病気のため、家族のだれかが盗んだと勝手に思い込んだり、介護関係者や出入りする近隣住民に疑いの目を向けたりと「妄想」を膨らましがちだ。

 最近は認知症患者に家族がどのように接すればいいかといったマニュアルの類も多く出回っていて、そうした本の解説には、相手の言うことが間違っていても、むやみに否定したりせず、話を合わせるなどといったノウハウが書かれている。否定すると逆に病気の進行を早めるといったことが書かれているが、頭では理解していても、現実のやりとりに巻き込まれると、冷静に対応できなくなることも多いようだ。
 核家族化が進み、ひとり暮らしの認知症患者の問題が今後さらにクローズアップされることは間違いない。そのとき適切に対処できるかどうかは、地域社会のありようにも大きく左右される。
「大介護時代」を目前に控え、認知症という病気を正しく理解し、社会的に支える基盤づくりが不可欠になる。準備万端という状況にはまだほど遠い。


やなぎはら・しげお●1965年生まれ、佐賀県出身。早稲田大学卒業後、編集プロダクション勤務、政党機関紙記者などを経て、1997年からフリーのジャーナリスト。東京都在住。柳原滋雄 公式サイト