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【コラム】「大介護時代」を目前に控え

ジャーナリスト
柳原滋雄

介護離職が増えている

 同世代(40代後半)の友人Tさんの話。最近、田舎の父親の物忘れがとみに激しくなり、帰省した折に地元の大学病院のもの忘れ外来に連れて行った。MRIなどの検査を行った結果、認知症であるかどうかの判断は「グレー」。口頭試問で行う検査では比較的高い点数をとったものの、レントゲン結果では、アルツハイマー型認知症患者に特有の脳の萎縮が見られたという。
 Tさんは親思いの性格からか、いまも月に1度程度は実家に戻り、親の通院に付き添っている。本当は仕事を辞めて里帰りし、介護に専念しようかとも考えたというが、現在の仕事が順調であること、休みをとるのが比較的調整可能なことなどから、しばらくはこうした生活をつづけるつもりという。
 親の介護のため仕事を辞める人々は毎年10万人に上る。なかでも40~50歳前後の働き盛り世代が増えている。なぜならこの世代こそ、親の介護に直面する可能性が最も高い年代だからだ。日本は人類がこれまで経験したことのない「大介護時代」を迎えつつある。
 少し前までは男性介護者のほとんどは「夫」であり、「配偶者」だったが、最近は一気に「息子」まで広がった。私の知り合いにも、親の介護のため田舎に帰った息子のケースが幾つかある。
 典型的な4人家族の場合。子ども2人が田舎を離れ、親が夫婦あるいは単身で暮らす。高齢化時代に、親の介護が必要な時期になるとこうしたケースが増えてくる。子どもが1人でも親の近くにいれば大きな問題とはならないが、親元から遠く離れた場所で子ども世帯が暮らす場合、親の面倒を見れないからだ。まして介護は子育てと異なり、いつまで続くかを予測できない。
 Nさんも地方に暮らす親の介護のことで頭を悩ませる50代男性。父親が長年難病を患い、母親がその介護をしてきた。父親は単独での歩行が困難になり、特別養護老人ホームへ入所。ほっとした矢先に、今度は母親に認知症の症状が出始めた。日によって状態は異なるが、あるときは「お父さんはどこに行ってしまったのか」と心配するような電話が繰り返し架かるようになって閉口しているという。もちろん、父親が施設に入所したことは母親も経緯を含めわかっているはずなのだが、認知症の症状のため、それらの経緯を忘れてしまったためだ。そのNさんもいま、実家に戻るべきかどうか悩んでいる。

車の運転の危険性

 日本の認知症患者は予備軍を含めると、すでに800万人時代に入ったとされる。だれもが迎える人生の終末。中でも単身者の認知症はすでに社会問題となっている。特に火の元の危険性、さらに地方の場合、車の運転ができないと生活が成り立たないため、いつまで車の運転を認めるかといった「線引き」の問題が難しい。
 先のNさんの場合も、帰省すると、母親の車のあちこちが傷だらけになっているのに胸を痛めているという。「認知能力が徐々に低下していることはわかるのですが、車の運転を取り上げると、一気に病状が進みそうなので一層ためらわれます。かといって大事故を起こしてからでは遅いですし、どうしたらいいものか」。頭を抱えているのが現状だ。
 警察庁によると、最近2年間の高速道路での逆走の内訳を調べたところ、約7割が65歳以上の運転者で、うち4割は認知症あるいはそれを疑われるケースだったという。その意味では、道路上では認知症やそれに近い人々が多く運転している事実を認識する必要がある。
 認知症は徐々に症状が進んでいく病気だ。いまでは薬によって進行を遅くすることはできる。そのためにも服用を忘れない、きちんと服用できる環境を整えることが大事になる。認知症患者は薬を自分できちんと飲むことも難しいことがある。家族がいる場合は親を常時見ることも可能だが、親が1人暮らしの場合、頼れるのはむしろ親の近隣の付き合いであったり、介護保険制度ということになる。
 親が介護認定されている場合、訪問看護師やヘルパーに定期的に入ってもらうことで、きちんと薬を服用できているかどうかをチェックしてもらうことくらいはできる。
 その上で、徐々に進行していく症状にどう対応していくか。ある段階で車の運転は控えざるをえなくなるし、一方で車の運転ができなくなるということは、行動半径も際立って狭まることを意味する。本人にとっては劇的な生活の変化につながることなのだが、早期に見極めることが必要になる。また病気の進行によっては、認知症患者のためのグループホームや特別養護老人ホームへの入所を考えることも必要になりそうだ。
 こうした悩みをもつ40代、50代の社員があなたの会社にもいることをお忘れなく。

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やなぎはら・しげお●1965年生まれ、佐賀県出身。早稲田大学卒業後、編集プロダクション勤務、政党機関紙記者などを経て、1997年からフリーのジャーナリスト。東京都在住。柳原滋雄 公式サイト