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【コラム】イスラエルとパレスチナ。そして私たち自身の隣人へのまなざし――【映画】『もうひとりの息子』

ライター
青山樹人

※このコラムには、2013年10月19日公開 映画『もうひとりの息子』のストーリーなど内容についての記述があります。

外形で区別できないユダヤ人とパレスチナ人

 2013年10月から日本でも封切られた映画『もうひとりの息子』は、2012年の東京国際映画祭で、審査員全員一致のグランプリと最優秀監督賞をダブル受賞した話題の作品だ。
 監督と脚本を手がけたのはユダヤ系フランス人のロレーヌ・レヴィさん。彼女自身のアイデンティティともかかわりのあるイスラエルとパレスチナの根深い対立を題材に、普遍的な共感と希望の予感を覚えさせる物語を描いて絶賛を浴びた。
 イスラエルとパレスチナの問題は、とりわけ私たち日本人にはよく理解できていないことが多い。
 2世紀にローマ帝国によって故郷を追われ世界各地に散っていたユダヤ人たちは、20世紀になると祖先の地であるパレスチナに入植するようになり、1948年にはイスラエルの建国を宣言した。だが、それまでパレスチナの地で暮らしていたアラブ人たちにとってみれば理不尽な侵略であり、やがて周辺アラブ諸国とイスラエルとの度重なる中東戦争へと衝突が拡大してきた。今に続く中東の不安定の大きな根が、ここにある。
 イスラエル政府は自爆テロ防止という名目で2002年からヨルダン川西岸のパレスチナ人居住区にコンクリート壁を建設し、そこに住むパレスチナ人を封じ込めている。人々の家も畑も有無を言わさずブルドーザーで押し潰して造られた総延長数百キロの壁は、国際司法裁判所から解体の勧告を受けながら、今もなお造り続けられている。
 しかし、そもそも「ユダヤ人」「パレスチナ人」という異なる人種が存在するわけではない。
 ユダヤ人とは一般的には「ユダヤ教を信仰する人々」であり、イスラエルにおいては「ユダヤ人の母親から生まれた者、ユダヤ教に改宗した者、ユダヤ教から他宗教に改宗していない者」とされている。したがって特定の外形的な特徴があるわけではなく、東洋系やアラブ系、アフリカ系のユダヤ人も存在する。
 対するパレスチナ人とは、ユダヤ人たちの入植運動の以前からパレスチナの地で暮らしていたアラブ人だ。アラブ人とは「アラビア語を使う人々」であって、こちらもまた特定の外形が定まっているわけではない。とりわけパレスチナは古くから文明の交差する場所だったこともあり、多くの民族が混血してきた。ユダヤ人とパレスチナ人を外形で区別することはできないのだ。

外形のよく似た隣人同士の根深い憎悪

 映画のストーリーを少しだけ紹介しよう。テルアビブに住むイスラエル国防軍大佐の一家。18歳になった長男のヨセフは、待ち望んでいた徴兵検査を受ける。ところが血液検査の結果がAプラスと出た。両親はともにAマイナスなので、それはありえない話だ。
 真相を確かめようとする母親。やがて、ショッキングな事実が判明する。18年前の湾岸戦争による混乱のさなか、ヨセフは生まれた病院で取り違えられた別の夫婦の子どもだった。ヨセフのじつの両親とは、今はヨルダン川西岸地区に暮らすパレスチナ人夫婦だったのだ。そしてそのパレスチナ人夫婦が次男として育ててきたヤシンこそ、大佐夫妻の本当の息子だった。

© Rapsodie Production/ Cité Films/ France 3 Cinéma/ Madeleine Films/ SoLo Films

© Rapsodie Production/ Cité Films/ France 3 Cinéma/ Madeleine Films/ SoLo Films


 一緒に並んで医師から残酷な事実を告げられる2組の夫婦。うろたえる父親たち。そっと手をつなぎ合う母親たち。
 真実を知ったヨセフとヤシンは、大佐の手配した通行証でコンクリートの分離壁を越え、それぞれのじつの家族と対面する。困惑し葛藤する両家の人々。自分たちが今まで愛してきた息子は、親は、兄弟は、〝敵〟なのか?
 映画はドラマチックな筋立てを用いて、スクリーンに向かう私たちのまなざしを揺さぶりひっくり返していく。

 家族、民族、国家――。人は自分が育まれてきた場所から多大な影響と恩恵を受ける。そこには人と人との結びつきがあり、固有の歌があり愛しい物語がある。レヴィ監督のカメラは、分離壁を隔てた2つの家族に寄り添い、それらの美しさとかけがえのなさを浮き彫りにする。そして同時に、コインの裏表のように併せ持つそれらの虚構性(フィクション)をいともあっさりと暴いていくのである。
 国防軍大佐のじつの息子が分離壁の向こうにいて、兵役志願をしていた頼もしいわが子がじつは壁の向こうの少年だったというストーリーは、寓意に満ちている。
 外形のよく似た隣人同士が根深い反発と憎悪に絡めとられているという状況は、私たちにとっても遠い場所で起きている出来事ではない。東京や大阪のコリアンタウンでは、そこで生活を営む人々に対し「死ね」「殺す」「出ていけ」といった言葉を吐く異様なヘイト・デモがきょうも繰り返されている。
 レヴィ監督は、この歴史的とも政治的とも見られがちな手に余る問題を、2つの家族に引き寄せた「人間の問題」として描いてみせた。そこに引き寄せてはじめて希望がほの見える可能性があることを世界に感じさせた。
 残酷な運命を知った双方の母親たちが、そっとつなぎ合った手。未来に生きる若いヨセフとヤシンが何をどう選択するのか。
 映画というフィクションを通して、じつは私たち誰もが縛られているのかもしれないもうひとつのフィクションが見えてくるのである。

『もうひとりの息子』(原題:Le fils de l’Autre、英語題:The Other Son)
2013年10月19日(土)全国公開作品
2012年 東京国際映画祭グランプリ&監督賞 ダブル受賞

© Rapsodie Production/ Cité Films/ France 3 Cinéma/ Madeleine Films/ SoLo Films

© Rapsodie Production/ Cité Films/ France 3 Cinéma/ Madeleine Films/ SoLo Films


監督・脚本:ロレーヌ・レヴィ
製作:ヴィルジニー・ラコンブ、ラファエル・ベルドゥゴ
原案:ノアム・フィトゥッシ

キャスト:エマニュエル・ドゥヴォス、パスカル・エルベ、ジュール・シトリュク、マハディ・ザハビ、アリーン・ウマリ

2012年 |フランス映画|101分
字幕:松浦美奈
協力:ユニフランス・フィルムズ
配給:ムヴィオラ
映画『もうひとりの息子』HP


あおやま・しげと●東京都在住。雑誌や新聞紙への寄稿を中心に、ライターとして活動中。著書に『宗教は誰のものか』(鳳書院)など。