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LGBTの社会的包摂を進め多様性ある社会の実現を

京都産業大学法科大学院教授
渡邉泰彦

 LGBT(性的少数者)の抱える問題から、多様性ある社会について考える。

LGBTとは

 近年、LGBT(※1)と呼ぼれる性的少数者の問題に社会的関心が寄せられるようになりました。日本では全人口の約5%、660万人ほどの性的少数者が暮らしていると推定されています。
 この問題に関する最近の動きを見ても、アメリカにおいては同性婚が合法化されましたし、日本においては、性的少数者の問題を考える超党派の議員連盟が発足したほか、文部科学省が性同一性障害の子どもたちのサポートに取り組むよう全国の学校へ通達を出しています。地方行政においても、東京都渋谷区が同性同士のカップルを公的に証明する「パートナーシップ証明書」の発行を、全国に先駆け条例化しました(2015年2月)。
 このように当事者の権利の拡大に向けた動きが生まれる一方、いまだ残された課題も存在します。最も大きな問題は、やはり個別に理解し周囲の支えを受けるべきLGBTの性的少数者が、~括りで語られていることではないかと思います。
 たとえばL・G・Bは性的志向の問題とも言えますが、「T」にあたるトランスジェンダーは、心と体の性が一致していない状態です。ところが、社会のなかでは性的少数者に対する誤ったイメージから、子どもであればいじめやからかいの対象になったり、大人であれば暮らしの権利や職業上の不利益につながったりするのです。

※1・・・Lesbian(女性同性愛者)、Gay(男性同性愛者)、Bisexual(両性愛者)、Transgender(性同一性障害など)の頭文字をとったもので、性的少数者の総称。

性別変更の要件の撤廃を

 その意味では、LGBTすべてのグループに寄り添うためにも、先に始まっている性同一性障害の人々の社会的包摂を、一層進めていくべきではないかと思います。
 性同一性障害の人々の暮らしには、多くの困難が伴います。その象徴的なものが「性別の変更」だと思います。
 今の日本では、性同一性障害の当事者が、戸籍上の性別を変更するためには、「性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律」(性同一性障害特例法)の定める要件を満たしたうえで、家庭裁判所に審判を請求し、専門医二人の鑑定を得て、性別変更の「許可」を受ける必要があります。
 要件を簡単にまとめると、
(一)本人が成人である
(二)結婚していない
(三)未成年の子どもがいない
(四)性別適合手術を受けている
となっています。
 このような要件が求められる背景には、性同一性障害特例法が、1980年当時のヨーロッパの法律をモデルとしていることによります。しかしすでにヨーロッパでは、この要件が現代の社会情勢に合わないものとして見直しが進められました。ところが日本ではその状況に追いついていないのです。
 私は、日本でも要件の見直しに向けた議論を進めるべきだと考えています。まず、性同一性障害は性別の自認の問題であって、年齢の問題ではありません。
 また結婚や未成年の子どもの有無を性別変更の要件とすることは、本人の人格権を侵害しかねない危険性を秘めています。これまでにも、結婚後に性別を変更したいと希望した性同一性障害者が、性別変更のために離婚したというケースがありました。愛する者との離婚か性別変更かの二者択一を迫ること自体、当事者の苦悩を深めるものです。
 子どもの問題も同様です。日本の現行民法は、父と母と子がいる家庭像を想定していますが、子どもにとっては温かい家庭が存在することが大切なのであって、両親の性別それ自体が問題ではないはずです。
 性別適合手術は、治療のためであって、戸籍のためではありません。どれほど医学が進歩しようともリスクのない手術は存在しません。そうした危険性のある手術を法律で一律に強要すること自体、本人の人格を尊重していないといえるのではないでしょうか。

同性婚をめぐる偏見と誤解

 そのほか、性同一性障害をめぐる議論だけではなく、同性婚をめぐる議論にも、多くの誤解や偏見が伴っています。
 最近、主に保守的な人々が「同性婚は日本の伝統的な家族観を破壊する」「同性婚を認めれば少子高齢化に拍車がかかり日本社会が衰退する」と主張し、議論を呼んでいます。しかし私は、そうした主張が、当事者の実情や価値観を正しく反映していないと考えています。
 まず、伝統的な家族観と称するものの定義があいまいです。また、その家族観とはいつの時代から続いているのでしょうか。
 たとえば女性の相続が認められていた鎌倉時代の武家の家族観と、女性の権利を厳しく制限していた明治民法の家族観では大きな隔たりがあります。もし、同性婚が伝統的な家族観を破壊するというのであれば、まずその家族観を明らかにすべきです。
 むしろ私は、同性婚を求める人々が、「婚姻」や「家族」というものを肯定し、尊重しているようにも感じています。異性同士が結婚し、幸せな家庭を築く権利を、同じように自分たち性的少数者にも認めてほしい。そんな願いを否定することで、家族観が守られるというわけではないでしょう。
 アメリカやヨーロッパでは、多くの同性カップルが、養子縁組によって子どもを育てています。また生殖補助医療を受け、子どもを授かっている場合もあります。日本においても同性婚をめぐる法整備を進めていけば、同性カップルと子育ては無関係ではなくなります。
 こうして見るとわかるように、日本の伝統的な家族観は破壊されていないし、必ずしも少子高齢化に拍車がかかるわけではありません。何より、本気で少子高齢化の克服を願うのであれば、同性婚を蔑視するのではなく、同性カップルも安心して子どもを育てていける社会環境こそ、つくるべきではないでしょうか。

政治の果たすべき役割

 公明党の皆さんは、性同一性障害をはじめとする性的少数者の支援に粘り強く取り組んでこられました。皆さんには、強力な地方議員とのネットワークもあります。ぜひこうした強みを生かし、性的少数者を社会的に包摂する取り組みをさらに進めてほしいと願っています。
 具体的には、国政レベルでは、性的少数者の状況を理解して、同性婚や医療・年金・相続など権利保障の拡充を進めてほしい。彼らが温かな家庭を築くことができるよう、法的側面からの支援をお願いしたいのです。
 そして地方議員の皆さんには、性的少数者と地方自治体および地域社会との橋渡し役を担ってほしいと思います。地域の実情や性的少数者のニーズに応じてきめ細かな町づくりを進めてほしいのです。
 一例を示せば学校教育などがあげられるでしょう。子どもたちのなかにも性同一性障害などの性的少数者がいます。現在、文科省は性同一性障害の子どもたちをサポートするよう全国の学校へ通達を出していますが、その負担が担任に集中しています。
 性同一性障害は、慎重かつ丁寧な対応が求められます。本当に性の不一致があるのか、それとも一時的に不安定なだけなのか、その見極めを医療従事者ではない担任の先生が行うことにはおのずから限界があります。こうした負担を軽減していくためにも、スクールカウンセラーのような高度な専門職の配置をさらに進めてほしいと思います。
 異質なものを排除することで自分を肯定する社会は、成長力を失い、世界から孤立していきます。性的少数者について考えることは、多様性ある社会を築くうえで、大事な一歩であると思います。

<月刊誌『第三文明』2015年9月号より転載>


1969年、京都市生まれ。同志社大学大学院法学研究科博士後期課程修了。専門は民法・家族法。徳島文理大学総合政策学部専任講師、東北学院大学法科大学院准教授を経て、2009年より現職。ヨーロッパにおける同性パートナーの権利保障拡大や同性婚の立法過程を見つめながら、日本における婚姻・家族関係の法的位置づけを研究。