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ワークライフバランスは日本に新たなイノベーションを促す

東レ経営研究所 ダイバーシティ&ワークライフバランス研究部長
渥美由喜

 最近、仕事と家庭の両立を目指す「ワークライフバランス」が注目を集める。女性の活躍推進を通して日本社会をダイナミックに成長させることが可能だと語る渥美氏に話を聞いた。

女性の活躍は社会全体の課題

 近年、女性の活躍推進が大きな社会的関心を集めるようになりました。少子高齢化に伴って労働人口が減少する中、持続的に日本経済を成長させるためには、女性の活躍を社会全体で後押ししていく必要があるためです。
 一方で、多くの女性が出産や育児を理由に仕事を辞めざるを得ない現実があり、実に約60%もの女性が第1子の出産・育児を機に退職しているのです。その意味で、女性の活躍を考える上では、ワークライフバランス(仕事と家庭の調和)への取り組みが不可欠です。
 女性の活躍推進は、女性のためだけのものではありません。男性を含めたすべての人々の暮らしに関わる問題であり、ワークライフバランスを通じてさまざまな日本社会の課題が見えてくるのです。
 たとえば介護の問題。一般論として、介護は女性が家庭で担うものと思われがちです。しかし、2013年に発表された総務省の「就業構造基本調査」では、働きながら介護をする人の割合が過半数を超え、約290万人に達していることがわかっています。またそのうちの約6割を働き盛りの40代、50代が占めており、しかもその4割が男性です。さらに管理職として働きながら介護に取り組む社員に限って言えば、8割までが男性なのです。
 男性はとかく職業人としての側面が強調されがちです。家庭人や地域人としての人間的なつながりが希薄なのではないかと思います。そのような男性が働きながら介護に取り組むことには多くの困難が伴います。
 とりわけ最近は「多重介護」の問題が語られ始めています。これは、たった1人で2人以上の高齢者を介護する状態を指しています。多重介護の問題が放置されれば、まず一家の働き手であるお父さんが介護疲れで倒れて失業し、次にお母さんも疲れ切って心を病み、家庭そのものが連鎖崩壊しかねません。よって今こそ、社会全体でワークライフバランスの実現に取り組む必要があるのです。
 私は、働く人々の仕事と家庭の両立を支える努力が、日本の企業に大きな飛躍のチャンスをもたらすと信じています。たとえば、介護休暇の取得で貴重な人材が職場を離れることにはマイナスの印象を持たれがちです。しかし発想を変え、介護の世界へ自社の社員を「出向」させると受け止めるのはどうでしょうか。
 まだまだ日本企業の多くは、高齢社会という肥沃なマーケットを耕しきれていません。自社の社員が、日々の介護を通じて高齢者のニーズをつかむことができれば、新たな商品やサービスの開発につながっていくはずです。しかも、これからは世界の国々が次々と高齢社会へ突入します。世界に先駆けて高齢者のニーズに応える商品開発に取り組み、グローバルな市場で優位に立つチャンスなのです。

日本復活へ多様な人材の確保を

 仕事と家庭の両立は個人の成長をも促します。日本では育児休暇(育休)取得が昇進に悪影響を及ぼすと思われがちですが、実は育休を取得したほうが、かえって昇進しやすいとのデータが福祉大国スウェーデンで得られているのです。
 40年前に育休を取得した「第1世代」を調べると、その9割までが企業の重役になっていることがわかりました。彼らは「子育てに取り組む経験が時間管理や部下育成の力につながった」と語っているのです。
 また育休の取得は、夫婦の絆を深め、大切なわが子を見守るリスクマネジメント(危機管理)にもつながります。私はこれまで「女性の愛情曲線」と呼ばれる研究をしていました。一般論として、女性の愛情は出産とともに夫からわが子へと移っていきます。その後、子どもの成長とともに女性の愛情が再び夫へ戻るかどうかの分かれ道は、出産直後から約3年の間に、どれだけ夫が育児に関わり、妻を支えたかに左右されてしまうのです。
 さらに、これは私の経験を通して言えることですが、かつて育休取得中に息子が病に倒れたことがありました。すぐ病院へ連れていくと、お医者さんに、「よくこの段階で気づかれましたね」と言われました。子どもと接する時間が多かったからこそ、ちょっとした異変に気づいたのです。このように仕事と家庭の両立は実に多くの価値をもたらしてくれるのです。
 私は、日本の政治がワークライフバランスの実現を通じて企業や個人の成長を促し、その活力を日本社会の発展につなげてほしいと願っています。
 これまで公明党は、社会的に弱い立場にある人々を支える政策を推進してきました。ぜひ今後は、その取り組みをさらに1歩進めてダイバーシティ(多様性)の実現に挑戦してほしいと願っています。
 日本経済がこれほど活力を失ってしまったのは、社会全体が多様な価値を認める心の余裕を失ってしまったためです。世界的ヒット商品は、必ずと言ってよいほどダイバーシティの文化の中から生まれてきます。
 かつて世界を席巻したSONYの「ウォークマン」は、2人の異質な創業者の遊び心から生まれました。無類のクラシックマニアだった井深大さんが趣味で作らせた音楽プレーヤーを、若者文化に精通していた盛田昭夫さんが熱心に商品化を勧めて販売に至ったのです。
 井深さんも盛田さんも余暇を充実させて質の高いライフ(人生)を送り、ワーク(仕事)に反映させる優れた力を持っていました。だからこそ若者の心にヒットする鋭敏なアンテナを持てたのです。
 労働コストの高い日本が今後も世界の中で生き残っていくためには、高い付加価値の商品を作り続けるしかありません。つまり産業のイノベーション(革新)こそ必要なのです。そしてイノベーションはダイバーシティの価値観の中から生まれてきます。ワークライフバランスこそ日本にイノベーションを促す力なのです。

<月刊誌『第三文明』2015年2月号より転載>


あつみ・なおき●1968年、東京生まれ。東京大学法学部卒。大学卒業後、富士総合研究所、富士通総研を経て、2009年から現職。これまで海外十数ヵ国を含む、国内のワークライフバランス・ダイバーシティ先進企業700社、海外100社を訪問ヒアリングし、3000社の財務データを分析。また、コンサルタント、アドバイザーとして、実際にワークライフバランスやダイバーシティに取り組む企業の取り組み推進をサポートしている。少子化対策・社会保障制度に関する公職多数。著書に『イクメンで行こう!――育児も仕事も充実させる生き方』(日本経済新聞出版社刊)などがある。