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民主主義を破壊する解釈改憲は阻止すべき

北海道大学大学院法学研究科准教授
中島岳志

 今行われようとしている、解釈改憲による集団的自衛権容認は、立憲主義、民主主義を崩壊させる暴挙である。

立憲主義の危機

 安倍晋三政権は現在、解釈改憲によって集団的自衛権行使を容認しようとしています。これは大変な問題です。「国民が国家のあり方を規定する」という構造を根本的に崩壊させてしまうからです。
 通常の法律は、国家が国民に対して「××をやってはいけません」と縛る禁止条項です。たとえば人を殴ってケガをさせたときには、刑法違反で処罰されます。
 対して、憲法はベクトル(方向)がまったく逆で、「言論の自由を抑圧してはいけません」「奴隷的拘束をしてはいけません」といったように、国民が国家に対する命令条項を決めているのです。
 解釈改憲が可能になれば、憲法の条文に手を加えるまでもなく、内閣のなかで実質的改憲が自己完結してしまいます。実は国民主権と言っても、その主権が大きく関与できるのは立法府だけです。その立法府を飛ばしたところでさまざまなことが決定されると、私たちの主権が関与していないことになります。
 憲法は国民が国家を縛るものです。その禁止条項は行政にかかっているのにもかかわらず、行政の側が自分たちを規定している憲法を勝手に変えられるとなると、憲法が有名無実化してしまいます。
 昨年(2013年)8月、安倍首相は「憲法の番人」内閣法制局長官を山本庸幸氏から小松一郎氏に交代させました。小松氏は解釈改憲容認派、つまり首相のお仲間です。内閣法制局長官について、ここまで露骨な人事が行われた例はありません。
 民主主義暴走のストッパーを外すような人事は危険だからこそ、歴代内閣法制局長官は次々と実名で解釈改憲への動きを批判しています(WEB第三文明:元内閣法制局長官・阪田雅裕氏のインタビュー)。彼らは、「これはいちばんやってはいけないことだ」とわかっているわけです。長い時間をかけて積み重ねてきた経験、慣習、良識を、保守を自称する安倍首相が崩壊させようとしているのです。彼は保守でも何でもない。極端な革新主義者です。中国共産党のようになりたがっているとしか思えません。もしくは日本を北朝鮮のようにしたいのか、と。
 憲法解釈が政権によって揺れ動くのはよくありません。普通の読み方をすれば、憲法9条をどう読んでも自衛隊は違憲です。それをかなり無理な解釈で「自衛隊は合憲だ」と読んでいます。長い時間をかけて慣習上そうしてきました。もし極端な革新政権ができてしまえば、自衛隊は違憲だとして廃止することが可能になってしまうわけです。そういう事態を防ぐためにも、解釈はそう簡単に変えてはいけないのです。
 デモクラシー(民主主義)は、実は危うい仕組みです。だからこそ、先人たちはデモクラシーが暴走しないように何重にもストッパーをかけてきました。国会は衆参の2院制とし、参議院議員は3年ごとに半分ずつ入れ替えてきたわけです。
 安倍首相は憲法96条を改正し、3分の2ではなく2分の1の国会議員によって憲法改正を発議できるようにしたいと考えています。一部の政治家が扇動し、大衆の熱狂によって決断主義的に物事を決めていくのは、プラトンの昔から「危ない民主主義」といわれてきました。
 憲法96条改正が難しいと見るや、今度は解釈改憲を可能にして立憲主義を崩そうとしている。民主主義を破壊する解釈改憲は、何としても阻止しなければいけません。集団的自衛権に関しては、首相は少しトーンダウンしたようにも見えますが、解釈改憲という構造は変わりません。たとえ集団的自衛権が限定的になったとしても、解釈改憲によって進められることには強く反対します。

日米安保条約の〝不平等条約〟化

 解釈改憲は、日米安全保障条約にも関わってきます。私自身は憲法改正に賛成ですが、日米安保条約をこのままにした状態での憲法9条改正には反対です。
 戦後日本は、憲法9条と日米安保条約をセットにして国を守ってきました。日本は実質上アメリカの核の傘に守られ、かなりの武装化をして米軍と連携しつつ、「私たちは憲法9条を持っている」と主張するという奇妙で危うい体制です。そこで憲法9条と安保が綱引きをしながら均衡状態を保ってきたわけです。戦争には参加せず、そのかわり、日本に何か起きたときには米軍に守ってもらう。
 日米安保条約の特徴は「双務性」ではなく「片務性」です。アメリカには日本に対する防衛義務がありますが、日本にはアメリカに対する防衛義務がありません。「片道通行の集団安全保障体制」を日米は採ってきました。アメリカが戦闘に巻きこまれても、自衛隊には防衛義務がない。ここだけを見ればアメリカが不利なのですが、見返りとして、日本は在日米軍基地を提供してアメリカに特権を与えてきました。日米地位協定を結び、米軍に「思いやり予算」まで出してきたのです。
 日本に集団的自衛権を認めるとなると、日米安保条約の「片務性」が「双務性」に切り替わってしまいます。日本が戦争に巻きこまれたときにアメリカがサポートし、アメリカの戦争は自衛隊がサポートする。これではバランスが崩れ、日米安保条約が日本にとって不利な「不平等条約」になってしまいます。
 集団的自衛権行使を可能にして日米が対等な関係になるのであれば、「ハワイに自衛隊を駐留させてくれ」「自衛隊に思いやり予算を出してくれ」とアメリカに要求するくらいでなければバランスが取れません。安倍首相は、自分が日米安保条約を不平等条約化しようとしていることを自覚しているのでしょうか。

アメリカの本音とポスト・アメリカ

 今のアメリカは、日本が集団的自衛権行使を可能にすることを望んでいません。イラク戦争のころは、アメリカの集団的自衛権を日本がサポートすることにまだ意味があったかもしれません。しかし、この数年でアメリカの地位は大きく低下しました。昨年来のシリア問題にしても、今年のクリミア半島の問題にしても、まったく存在感を示せていません。アメリカは「世界の警察」としての力を失い、よそに出かけて戦争をする体力がないのです。アメリカが日本に集団的自衛権を求めていた時代と現在とでは、まったく状況が変わっています。
 むしろアメリカは、日本の前のめりな姿勢に待ったをかけたいと考えています。なぜなら、日本と中国が衝突すればアメリカまで紛争に巻きこまれてしまうからです。日本の側について中国とぶつかれば、アメリカは計り知れない国益を毀損します。仮に日中の尖閣をめぐる部分的な武力衝突が起きたとしても、米軍は日本の側に立った軍事介入はしないでしょう。となると、その時点で日米安保条約は見直しを迫られ、「在日米軍基地なんて必要ない」と世論が沸騰します。
 日本は短期的には日米同盟を良好に保ちつつ、中長期的にはアジアとの関係を強化していくべきです。日米安保条約という枠組みを取り払ったあとの「ポスト・アメリカ」の時代を見据え、アジア全体で集団安全保障を構築していかなければなりません。
 といっても、この作業には30年、50年と長い時間がかかります。韓国や東南アジア諸国と友好提携しながら、中国が無茶なことをできないように牽制していく。アジア主義に立脚し、各国との関係を良好に保ちながら新たな集団安全保障体制を模索するべきです。
 安倍首相が集団的自衛権行使を可能にしたい理由は、ひとえに、中国とぶつかったときにアメリカのサポートがほしいということに尽きます。しかし、アメリカはそんな事態は絶対に避けたい。
 そのためには、積極的な「棚上げ外交」が大事です。1972年に日中国交正常化が実現したとき、田中角栄首相と周恩来総理は「尖閣諸島の領有権については棚上げにする」と確認しました。この英断に立ち返り、領土問題をめぐって日中が衝突する事態を防ぐべきです。
 現在は、日本がアメリカとともに集団的自衛権を行使するメリットなどまったくありませんし、解釈改憲を可能にした瞬間、戦後培ってきた民主主義が音を立てて崩れてしまうのです。そんなことになってしまえば、自民党の連立パートナーである公明党の責任も厳しく問われることになります。
 かつての自民党には宏池会などの穏健派が一定数いましたが、今は一切主導権を持っていません。安倍自民党は公明党とは方向性が真逆です。特に解釈改憲や集団的自衛権の問題は、党是からみても公明党の存在理由に関わる問題です。ここで一線を越えるようなことがあってはなりません。公明党にとって本当に正念場だと思います。

<月刊誌『第三文明』2014年6月号より転載>

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なかじま・たけし●1975年、大阪府生まれ。大阪外国語大学外国語学部(ヒンディー語学科)卒業。京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究科博士課程修了。米ハーバード大学南アジア研究所の研究員を経て現職。専門は南アジア地域研究、近代政治思想史。99年にインドを訪れ、ヒンドゥー・ナショナリストとの共同生活を通じて宗教とナショナリズムについて研究。著書『パール判事』『ガンディーからの〈問い〉』『保守のヒント』『血盟団事件』など多数。2005年に著書『中村屋のボース』で大佛次郎論壇賞を受賞。